浅草在住、断腸亭錠志の断腸亭料理日記はてな版です。(内容は本店と同じです。)

断腸亭料理日記本店



池の端藪蕎麦

6月18日(月)夜



月曜。



今日は、外から直帰。



銀座線で広小路まで戻ってきた。



そういえば、銀座線には昔の色を再現した
新しい車両が入っているといっていたのだが、
今日始めていきあたった。


春から走っているといっていたが、
まだ数は少ないのであろうか、銀座線には頻繁に乗っているが
今まで気が付かなかった。


レモンイエローの車体。
やはり濃いこの色には懐かしさを感じる。


さて。


なにを食おうかと、頭をめぐらせる。


鮨、というのも頭に浮かんだのだが、
今日は、池之端の藪蕎麦へ寄ってみるか、と考えた。


このところはここには書いていないかったが、
少なくない頻度で、きてはいた。


近所でもあるし、最も頻繁に足を向ける
蕎麦やであることは変わらないだろう。


春日通りと広小路の交差点に出て、
裏路地を抜けて仲町通りまでくる。


江戸の地図





江戸の頃のこの界隈。



不忍池からは忍川という川が流れ、
広小路には3本の橋、三橋(みはし)が架かっていた。


今の、アブアブ前の交差点、で、ある。
三橋、という名前はここにある甘味やの名前に
残っている。


明治、大正、昭和と不忍池は少しずつ埋め立てられ、
忍川も暗渠になり、江戸の頃と比べると、
池の岸はだいぶ後退している。


文字通り池之端近くまで、町があった。
うなぎやの伊豆栄、それから、今は仲町通りの南側にあるが、
蕎麦やの蓮玉庵も池に面してあった。


春日通りは江戸の頃はなく、仲町通りは上野山下から
湯島本郷方面へ向かう本道で今のラーメンや大喜がある
切通し坂へ通じていたのはこの通り。


このため、松坂屋のある広小路とはまた違い、
小さいが小間物などの高級品を置く店、薬やなども
この通りにはあった。
組紐の道明、気付け薬の宝丹(ほうたん)・
守田治兵衛商店など江戸から続く老舗も少ないが
今もこの通りにある。


裏路地を抜けて、道明の角へ出てくる。


江戸の頃は、この角から南側は大名屋敷で、
片町、片側だけの町、のようになっていた。


今、藪蕎麦があるのは、そちら側。


仲町は、江戸からの歴史ある町だが、
先にあげた数軒の老舗以外は、まったくもって、
この界隈は猥雑なところ。


もっとも、江戸の頃もどうかといえば、有名店や
大店、名の知れた料亭もあったが、上野山下のケコロ、
などと呼ばれる、いわゆる岡場所が点在していたことから考えれば、
本性はさほど変わっていない、ということかもしれない。
ただやはり、東京の繁華街が新宿や渋谷、六本木など、
西の方に移動し、上野というのは、多少の場末感が漂う街に
なっているのは確かなのであろう。


藪蕎麦前。


この前にくるとなにか、ほっとする。


入口右側に、涼しげな緑があり、
店の格子を開ける。


座敷もテーブルもあいている。


座敷ならば、店先の緑が見える窓際が好みなのだが、
生憎そこは埋まっており、奥のテーブル席に座る。


座って、今日は、酒を冷でもらう。
いつもはビールだが、酒にしたのは、暑くて、
今日は水気のものばかり呑んでいたから。





おぼんに乗って出てくる。
切子(きりこ)の猪口が涼しげ。


ここのずんぐりした真っ白な徳利もよい。


酒は菊正。菊正宗は冷でも、うまい。


肴は、なににしようか、と、品書きを見る。


種類は多くないが、ちょいと季節のものを
用意している。


目に付いたのは、生からすみ。
からすみが、生、なのか?。


よし、頼んでみよう。


それから、すいとろ。


すいとろは、つけとろ蕎麦の蕎麦なし。
つまり、とろろをそばつゆで割ったもの。





右側が、生からすみ、なるもの。


からすみ、というのは、ご存知の通り、ぼらの卵巣を
塩漬けにして干したものだが、その、生、ということか。


つまんでみる。


ん!。


なるほど、味は、からすみそのもの。
そうすると、ただの塩漬け、ということなのか。
わからぬが、なかなかうまい。


すいとろは、私の蕎麦やでの酒の肴としては
定番のもの。
濃いとろろが、ビールや酒に合うこと夥(おびただ)しい。


さて。


蕎麦、で、ある。


なににしようか。


ノーマルにざる、でもよいのだが、
品書きをみると、ごまうどん(細打ち)、
と、いうのがあった。


気分をかえてこれにしてみようか。





細打ち、というので、もっと細いものを想像していたが
ちょうどよい。


ごまだれには、千切りの茗荷と大葉なども浮いており、
風味よく、ちょっと濃い目の味付けで、うまい。


ここではごまのつゆは初めて食べたのではなかろうか。


ごまのつゆ、と、いえば、確か吾妻橋の藪蕎麦の看板であった。


藪の持ち種、なのかもしれぬ。




うまかった。



ご馳走様でした。



勘定をして、



ありがとうございますぅ〜、の声に送られて、


まだ明るい仲町の通りに、出る。






池の端藪