浅草在住、断腸亭錠志の断腸亭料理日記はてな版です。(内容は本店と同じです。)

断腸亭料理日記本店



雷門・そば・尾張屋

11月4日(木)夜



今日は午前中、柏の事業所で、午後はつくば。
まあ、いわゆる直行直帰、で、ある。


6時前、TXで浅草まで、戻ってくる。
帰る道々、なにを食べようか、考えていた。


今日は大分、寒かった。


寒くなったので、帰り、浅草で降りて、
久しぶりに並木藪で、天ぬきで
一杯やろうかと、考えた。


国際通りから、新仲見世、途中から路地を抜け、
雷門まで出てくる。


浅草のこのあたり、ウイークデーでもこの時間は
まだ観光客らしい人々も少なからずいる。


雷門前の交差点を渡って、並木の通りを藪まで、、?


あれ?
もうあたりは暗い。


看板ぐらいあったはずだが、遠くから見ても
それらしい灯りは見えない。


ひょっとして、、、。


暗い店前までくると、
木曜休み、の札、、。


あー、そうだったか。
池之端の藪は、水曜と、憶えていたが、
ここが木曜休みだったのは、頭になかった。


国際通りから、ここまで歩いてきたのに、
まったく、がっかり、で、ある。


どうしたものか。
むろん、浅草には、他にもそばやはあるが、
あの、並木藪の濃いつゆの天ぬきが、食べたかった。


ここがだめとなると、、。


尾張屋


あそこは、海老天のそばや、天丼が看板。
あの海老天の天ぬき、というのも、ありか?!。


いってみよう。


もう一度、雷門前に戻り、左に曲がり、尾張屋までくる。
こちらは、やっている。
(ちなみに、こちらの休みは金曜であった。)


入ると、あいた席の方が多い。


奥に向かって、右側の真ん中、四人掛けのテーブルに
案内される。


ちょうど、断腸亭、永井荷風先生の写真の前。
なん度か書いているが、永井荷風先生は、
生前よくここを訪れられ、ちょうど私の座った席の
真正面の壁前の席が指定席であったという。


ある時、先生が店に入ってくるといつものこの席が
埋まっていたという。
すると、先生はその座っている人の前に立って、
あけるまで待っていた、という。
(まあ、荷風先生、そうとうヘンな人、である。)


それで、その席の後ろの壁には丸い眼鏡を掛けた
荷風先生の写真がいつも飾られている。


ちなみに、これも毎度書いているが、
池波先生とは違い、荷風先生は、食道楽でも
食通といわれるような人でもなかった。


最近、ともすると、作家、文豪の愛した○○、
イコールうまいもの、と、考える風潮があるが、
これは大きな間違いである。
そりゃあ、作家でもいろんな人がいたはずである。
無暗に有難がる必要もない。
(結局食いものは、その人の趣味嗜好である。
私が池波先生の味をたどっているのは、自分の故郷である
東京下町の味を再構築したいから、である。
従って、他の作家の愛した○○には、趣味が合わなければ、
私にとっては、なんの興味もない。)


荷風先生は、厳格な元武士の家で生まれ、食べることに
執着する、というのは、卑しいことであるという
教育がなされていた、という。


ここ、尾張屋以外にも浅草には、荷風先生がよくきた
という店はいくつかあるが、荷風先生の場合は、
どちらかといえば、面倒なので、食べるもの、食べる店を決めていた、
といった方がよいようである。
尾張屋では、名物の海老天ではなく、
かしわなんばんのみを、判で押したように
食べていた、ということである。


ともあれ。


座って、お姐さんに、お酒、と、
天ぬき、できます?
海老天で。


え?


天ぷらそばの、そばぬきの、天ぬき。


あー。
はい、はい。


ここでは、あまり頼む人もいないのであろう。
ちょっと、怪訝な顔をされたが、むろん、
問題なく、作ってくれる。


お酒がきて。





ここは大関のガラスの一合瓶。


浅草というのは、意外にこのガラス瓶を
そのまま出すところがある。


そば味噌をなめながら、一杯。


呑んでいると、天ぬき。





この天ぬきというのは、いつ頃できたもの、
で、あろうか。
これで呑む、というのを発見した人に
感謝をしなくてはいけない。
寒い季節のそばやの酒の肴は、天ぬきに止めを刺す。


もう一本お酒をもらって。


もりをもらう。





そういえば、店の前に、新そば打ち始めました、の
紙が貼ってあった。


普段はあまり、頓着しないが、
香りを意識して、わさびを箸にちょいと取り、
つゆにつけたそばを口に運ぶ。


ん?、ほー。


なぁーんとなく、違うような?!。


新そばの香り、というのは、こういうものか。
むろん、毎年、この季節にもそばを食べてはいるが
ぼんやり食べていては、わからぬもの、で、ある。


わさびの香りと、つゆの香りに、新そばの香り。
合わせて、鼻の奥に広がる。
うまいもの、で、ある。



食べ終わって立ち、帳場で勘定。
ご馳走様〜、といいながら、戸を開ける。


ありがとうございまぁ〜す、の、声を
背中に聞いて、出る。








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