浅草在住、断腸亭錠志の断腸亭料理日記はてな版です。(内容は本店と同じです。)

断腸亭料理日記本店



日本橋・吉野鮨 その2

dancyotei2010-05-25


今日は、昨日のつづき。



日本橋の吉野鮨。
大親方の前。
春子、鯖、小肌の、光りもののつまみを
食べ、ビールも呑み終わった。


にぎりにしよう。


私、「にぎってもらえますか?」。


大親方、「はい、、えっと、、」。


私、「お茶で」。


大親方、「はい」。若い衆へ大きな声で「あがりー」と。


白身は、なにが」と、私。
大親方、「鱸(すずき)、鯛、平目、かんぱち」、と答える。


この時期、平目、というのは、ちょっと不思議。


「じゃあ、鱸といか」。
(以後、すべて、一個ずつ。)


しばらくして、鱸から出てきた。


にぎり全体の大きさは、小さめ、で、あろう。
ねたと酢飯のバランスは、
酢飯が大き目の、昔風、と、いってよかろう。


(酢飯が大き目、と書いたが、実際は、ほぼ同じ長さ。
ねたが、酢飯よりも大きいものと比べて、という
ことである。鮨発祥当時は、今よりもずっと全体の
大きさも大きく、酢飯とねたのバランスは同じ程度であった。
それが段々に全体の大きさが小さくなり、大正の頃には、
ねたが酢飯よりも長いものも現れ、これが流行るように
なった、という。
しかし、当時も、柳橋美夜古鮨の先代などは、やはり、
酢飯とのバランスは崩してはいけないということを通し、
その系統である、神田鶴八、あるいは、新橋しみづ、なども
今でも、全体のサイズは小さくなっても、酢飯は大き目、
というのを続けている。
私は、これに大賛成である。この方が、うまい。
鮨、というのは、むろんのこと、酢飯とにぎって、
鮨、で、ある。実際に、にぎることでアミノ酸の量が増える、
というデータもあるよう。最近でも、よく、これでもか、
と、魚ばかり大きいにぎりを、どうかすると見かけるが、
まったくこれはナンセンスと、考える。)


また、ここは、いわゆるニキリ(酒でしょうゆで割り、
煮立てて、冷ましたもの)を塗って出す形。


いか。
これは、柔らか。やはり、あおりいか、か。


次は。
中トロに、ヅケ。


ヅケは、ご存じの通り、まぐろ赤身の
しょうゆ漬け、で、ある。
冷蔵装置の発達していなかった頃
保存のために、こうしたものの、名残、
で、あるが、これはこれで、別のあまみが出て、
うまいもの。


それから、中トロ。


情報によれば、まぐろのトロを出すようになったのは、
ここ、日本橋吉野鮨が元祖、という。
なんでも、大正の頃、で、あろうか。
当時は、この店の二代目の頃。
客としてきた三井(今の三井物産の前身ということになろう)
の人が、脂が多すぎて捨てていたまぐろの腹の身を食べさせろ、
というのでにぎってみたのが最初らしい。
さらに、名前も、脂が多いので、アブ、といっていたらしいが、
アブ、では、語呂がわるい、トロっとしているので、
トロ、と名付けられたという。


次は、たこ、と、鰹。


たこは、地味かもしれぬが、やはり江戸前仕事を
きちんとしてあれば、そうとうにうまいねた、で、ある。
鰹はこの季節なので、頼んでみた。
(たこは、あまいたれをかけますか、と、聞かれたが
これはなしで。むろん好み、だろうが、あまいたれを
かけるのは、昔風であろうか。
ま、ま、聞かれることがある。)


どちらも、まっとうにうまい。


それから、刺身で食べたが、小肌。
それから、たこ同様、きちんとした仕事でうまい、
海老(さいまき海老)。


小肌は、にぎってうまい魚。
これも、十二分にうまい。


海老は、茹で立てではないが、
頭の肉も残して、美しくにぎってあり、うまい。


穴子と、海苔巻。


海苔巻は、干瓢。


わさび入れて?
はい!。


穴子は、炙ってにぎる。


以上。


ご馳走様でした。
お勘定。


〆て、6300円。


これは、びっくり。
安いであろう。
つまみに、ビール一本。
にぎりこれだけ。


奥で、勘定を払い、雨の日本橋の路地に出る。





街灯には、山王祭の提灯が出ている。
(今年は、神輿が出るのは、6/11(金)〜13(日)のよう。)
前にも書いたが、日本橋もこちら側は日枝神社の氏子。


さて。


日本橋吉野鮨、どうであろうか。
最初に掲げたが、箸袋にも書かれている、
この店の「たかがすし屋、されど鮨屋。」
というメッセージ。


食べ終わって店を出て、なんだか、とても腑に落ちた。
大親方ににぎってもらえたのが、運がよかったようにも
思われる。実に、このメッセージ通りの鮨やであり、
鮨であったと思ったのである。


東京の鮨やは、今、職人仕事の極致を目指す有名店もあり、
また、ねたは超一流のものしか置かない、
なんというのも売りにもする。


この店は、いや、
「たかがすし屋、されど鮨屋。」で、ある、と。


だから、これだけ食べても、6300円。
だが、きちんとうまい、江戸前仕事もした
にぎりをにぎるし、東京の鮨やらしい空気も
店には漂っている。


大親方はじめ、みな、無駄口は聞かない。
だが、愛想がないわけではない。
大親方は、私の手元の湯呑みに常に気を配り、
いわれなくとも、入れ替えてくれる。
(いわれたことをしないと、大親方は、
ギョロッとした目で、若い衆に小言が飛んでいた。)


なるほど。
よい鮨や、というのは、こういう店のこと、かもしれぬ、
と、思わせる。


日本橋のこういう場所だからこそ、今もって、
繁盛し、この空気で、残っている、のかもしれない。





ぐるなび


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