1月13日(水)夜
寒い。
こう寒いと、やっぱり、おでん、か。
仕事は忙しいのだが、夕方から、考えていた。
どこがよかろうか。
本当は、お多幸がよい。
東京のおでんといえば、お多幸、で、あろう。
あの濃いしょうゆの味が、たまらない。
おでんは東京で、生まれ、育った、煮物、で、ある。
東京の煮物は、元来、しょうゆが濃い味でなければならない。
よって、東京のおでんは、しょうゆの濃い味。
人それぞれ、いろいろ好みはあろうが、私はそう思っている。
そうすると、やっぱり、お多幸。
お多幸も処々にある。
、その他、新橋、新宿など。
で、どこがよいのかというと、私は、八丁目が、
居心地がよい。
のではあるが、今日はそうそうすぐに帰れそうにない。
と、すると、銀座まで出るのは、やはり、面倒である。
お!、そうだ。
あそこも、しょうゆの濃い、東京風。
池之端であれば、帰り道、で、ある。
8時すぎ、なんとか、目途をつけ、市谷のオフィスを出る。
外に出ると、やっぱり、寒い。
東京の寒さで、震えていたら、北国の人に、怒られそうだが、
それでも寒いものは、寒い。
帰りがけ、先に帰った同僚がわざわざTELを入れてくれて、
大江戸線が、止まっていることを教えてくれた。
このため、JR市ヶ谷からお茶の水、千代田線に乗り換え、
湯島、のルートを取ることにした。
スタスタと、市谷の左内坂を降りる。
そういえば、、、。
例の司馬先生の、坂の上の雲。
この、坂、と、いうのは、この左内坂のことらしい
と、同僚でいっている者があった。
作品に書かれているわけではないらしいので、
真偽のほどは定かではないのかもしれぬ。
秋山好古が、この左内坂の隣、現防衛省、
当時の陸軍士官学校に通っていたから、と、のことである。
秋山好古が当時下宿していた屋敷は、
市ヶ谷駅のすぐ向こう側、昔の麹町土手三番町にあったらしい。
今は、ビルが立ち並びそんな眺望は望めないが、
当時は、市ヶ谷駅のあたりからは、外濠の向こう、牛込の丘の
上に建っていた士官学校の建物がよく見えたのかもしれぬ。
で、その、建物の上の雲、それを、坂の上の雲、と、
司馬先生は表現したのではなかろうか。そんな気もする。
市ヶ谷駅から総武線に乗って、お茶の水、
千代田線、地中深く降りて、一駅。
先頭から降りて、湯島天神下交差点に上がってくる。
ぐるっと回って、池之端仲町通りに折れて、
すぐ左側。
8時半頃。
いつもここは満員だが、暖簾からのぞくと、
一つ二つは、あき席がありそうである。
硝子格子を開けて入る。
入ると、いつものように、お婆ちゃんの
女将が、正面のおでん鍋の前に、陣取っている。
一人、というと、じゃあ、そこ、と、あいている
椅子を指し示す。
置かれている荷物を隣のお客さんに
動かしてもらって、座る。
お酒、お燗一合。
おでん鍋はちょうど、家にもある
長火鉢の銅壺と同じような、お湯を張って、
お燗をつけられるようになっており(やはり、
これも銅壺であろうが)、そこで、お婆ちゃんの
女将さんがお燗をつける。
この店は、この高齢の女将さん以外にも
よく似た顔の、娘さんらしいお姐さんと、
その旦那さんと思しき男性の3人だが、
お燗つけと、おでんを煮て、出すのは
お婆ちゃんが受け持っている。
だが、やはり、少し、耳が遠かったり、するのである。
むろん、他の二人が言い添えてくれるのだが、
それでも、お燗一合!、が、なかなか伝わらなかったり
する、のである。
ともあれ。
お燗もついて、お通しもくる。
このお通しが、今日は、きゃらぶき。
一口食べて、あーこの味、と思い至った。
なにかというと、砂糖なしで
ほぼしょうゆだけで煮たのであろう、真っ黒の
しょっぱいもの。
これだけしょっぱいものは、浅草あたりの
佃煮やにも、ないかもしれぬ。
私の祖父さん婆さんも好きだったのか、
よく作っていた記憶がある。
そのきゃらぶきは、この味であった。
東京でも家によりいろいろあろうが、
品はないが、私にとっては、まぎれもなく、
これが故郷の味、で、ある。
おでんも、お婆ちゃんに、四苦八苦しながら、
頼む。
つみれ、ちくわぶ、すじ。
これが私のおでんやで最初に頼む定番、
なのだが、今日は、もう時間が遅いせいか、
ちくわぶ以外、なくなっちゃたのよぉ〜、と、お婆ちゃん。
うーん、じゃあ、と、考えていると、
あるものを、並べていってくれた。
で、がんもと、焼き豆腐。
どれも、うまい。
一合呑んで、もう一本追加。
刺身でももらおうか。
平目の縁側。
おでんは、ねぎま、いいだこ、牡蠣、、、
女将さんにいうと、これも、いいだこ以外、
切れている。
つぶ貝なら、というので、それと、
さつま揚げ。
いいだことつぶ貝もうまいのだが、
にんじんが入った、さつま揚げ。
普段おでんやでは、さつま揚げは、あまり私は食べないが、
うまいもの、で、ある。
平目の縁側。
一人なので、半分の量にしてくれた、と、いう。
平目の縁側と、いうものは、
脂、もさることながら、平目のコラーゲン質が
うまい、ということもあるのであろう。
うまかった。
これで、お勘定。
だいぶ温まった。
もう、大江戸線も動き始めているだろう。
ぶらぶらと、帰ろうか。
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