浅草在住、断腸亭錠志の断腸亭料理日記はてな版です。(内容は本店と同じです。)

断腸亭料理日記本店



小島町・うなぎ・やしま、と、東京のうなぎのこと。

dancyotei2009-09-22

9月19日(土)夜


さて。


シルバーウイーク、らしい。


19日から、23日まで、私も暦通りの休みで、
5連休。


内儀(かみ)さんも私も、特段の予定はない。


海外旅行にいくのは、年に一回、夏休み、と、決めており、
また、暮れに、年賀状を書きに、箱根に行くのを
行事にしているが、それ以外は、決めている旅行はない。


子供がいるわけでもないので、
近場でも行楽地にいかなければならないこともない。


まあ、そういったこもあるのだが、このところ、
どこかへいく、というような、予定を立てるような
ゆとりがなかった、と、いうこともあろう。


そんなこんなで、まあどうせ、
呑んだくれの、連休になろう。


で、今日は、第一食は、昨日書いた、すみいかの
にぎり鮨。


夜は、内儀さんの希望で、うなぎ。


私は、今年は、随分と我ながらうなぎやへいっているように思う。


最近も、尾花だったり、


名古屋でひつまぶしだったり、


頻度は高いかも知れぬ。


内儀さんは、随分と食べていない、という。


なん度食べても、やっぱり、うなぎはうまいもの、だし、
飽きる、ということは、ない。


私の好物、と、いってもよいだろう。


まあ、女性など、嫌いである、と、いう人も稀にいようが
おおかたの東京人はうまいもの、と、思っているだろうし、
また、贅沢なもの、という位置、で、あろう。


うなぎの蒲焼とは、なんであろうか、
と、いうようなことは、なん回も書いている。
くどいようだが、また少し考えてみよう。


今、東京人は、と、書いたが、うなぎ蒲焼は、
まずは、東京の名物、である、といってよかろう。


にぎり鮨、天ぷら、うなぎ蒲焼は、
江戸の街が生んだ三大料理。


東京(江戸)の蒲焼が生まれた頃のことも、一度書いた。


あるいは、この前、東京の味覚の基本、
濃口しょうゆ、のことを書いた。
東京(江戸)のうなぎ蒲焼と濃口しょうゆの関係、
というのも、あろう。
濃口しょうゆで甘辛の濃い味は、紛れもなく、
東京(江戸)の味、であろう。


で、あるのだが、先に挙げた、にぎり鮨、天ぷらに
比べると、東京のものだと主張するのは、
多少気が引けるところもある。


にぎり鮨にしても、天ぷらにしても、
江戸前、という冠が付けられる。
これは江戸湾で獲れた、という、材料のこともあるが、
実際に、今の食スタイルが定着した街は、
江戸である、と、いうこと。


しかし、うなぎ蒲焼となると、そうでもないだろう。
いわゆる名物にしているところも、東京以外にも
複数ある。


ひつまぶしの、名古屋。
あるいは、九州、柳川、なども名物にしているし、
九州の人も、うなぎは、好きな人が多い。


東京の専売特許とばかりは、いい切れない。


実際に、九州柳川のうなぎは、
私は、残念ながら食べたことはないが、
名古屋のひつまぶしは、東京のうなぎと比べても、
十二分にうまいもの、と、思う。
(きっと、柳川も、うまい、のであろう。)


だが、私は、それでもやっぱり、俺っちの名物、と
胸を張りたいとは、思うのではある。


我ながら、考えてみるに、そう思うのは、
なぜであろうか。あるいは、その根拠はなにか。


まあ、別段、複数の街で、同じものを
名物にしても、なんら問題はないのだが、
やっぱり、故郷・東京のものを、自慢をしたくなるのは、
人情、と、いうもの、で、ある。


では、これから試みに、自慢できるポイントを挙げてみようか。


店の数が多い?。


まあ、東京でうなぎやは、他の街に比べて多いのは、
間違いなかろうが、名古屋だって多いし、
名物といっているくらいだから、これは、あたり前、か。


うまい?


これは、先ほど否定した。
名古屋のひつまぶしは、うまい。


愛されている?


なにか、また、曖昧な指標を持ち出したようである。
これも、味同様、主観的なものなので、
明快な判断はつかぬかもしれぬが、
東京人の、うなぎを愛する程度、というのは、
自慢できるように思うのである。


根拠はなにか。


落語、で、ある。


うなぎは、驚くほど、江戸落語に登場する。
例えば、鮨、天ぷらと比較しても、圧倒的に、
多いのではなかろうか。


思い付くままに、挙げてみようか。


題名にうなぎのあるもの。
うなぎの幇間(たいこ)、素人うなぎ、後生うなぎ、、、。


後生うなぎは、別にして、うなぎの幇間、素人うなぎ、
どちらも、噺としておもしろいし、うなぎやというものが
実によく、生き生きと、描かれている。


うなぎの幇間は、先代文楽師の名作。
私は、大好きな噺である。幇間(たいこもち)が、
お客にたかって、うなぎやの二階で、うなぎを食べるのだが、
食べている途中でお客に逃げられ、結局、お客の分も、
自分で払うはめになる。逃げられた、と、わかってからの、
幇間の店の小女(こおんな)相手の小言、これが傑作。


素人うなぎ。これもうなぎやを扱ったものとしては、
有名な噺だろう。そうである、この噺も文楽師の十八番で、
あった。江戸から明治になり、いわゆる士族の商法
元旗本が、うなぎやを始める、という噺。
素人がぬるぬるするうなぎを捕まえる仕草が
見せ場、で、あろう。


題名に入っていないが、うなぎやがキーになる、
舞台になっているものでは、子別れ、なんという噺もある。


内儀(かみ)さんと別れた大工が、久しぶりに、
街角で再会した息子にうなぎを食わせてやるために
うなぎやに呼び出す。このうなぎやにその別れた
内儀さんもこっそりついてきて、ラストシーンになるのだが、
やっぱり、うなぎや、が大事な舞台といってよかろう。


鮨、天ぷらが、題名に入っている、
あるいは重要な舞台になっている噺は?あったろうか。
、、、思い付かない。


いや、鮨、天ぷらに限らず、特定の食べ物、あるいはその店を
扱った噺、というのは、落語にはそう多くはない。


しかし、あるには、ある。その筆頭は、うなぎ以上の
江戸・東京名物、そば。時そば、そば清、疝気の虫、、。


なんだ、うなぎにしても、そばにしても、
そんなにないじゃないか、と思われるかもしれぬ。
今、東京で常時演じられている噺の数は、2〜300
といわれている。その内の3、4席である。
天ぷら、鮨と比べればまあ、多いといって
よいのではなかろうか。


ともあれ。


今以上に高価で、贅沢な食い物であった、うなぎのはずだが、
複数の落語に生き生きと扱われているほど、江戸・東京の庶民に、
こよなく愛されてきた食べ物であることは
間違いないだろう。


またまた、余談が長くなってしまった。
そんな、江戸・東京名物のうなぎ蒲焼。


そのそうとうにうまいものが食える店が
歩いて、1分もかからないところにあるのは、
幸せな、ことである。
小島町、やしま


雪駄履きで、6時半頃、内儀さんと、出る。
ここは7時前には、入らないといけない。
信号を渡って、小島町交番の隣。


店に入ると、連休始めの土曜日ということだろうか。
ほぼ、満席。


ちょうど、帰るお客さんもおり、しばらく待って、座敷にあがる。


瓶ビール。ここは、ヱビス





いつものように、味噌豆がお通し。


うなぎは、今日はお客が多いせいか、いつも頼む、
一番下のものが、切れているということで、真ん中のもの。
白焼きと、うな重を頼む。


白焼き。




真ん中の大きさの白焼きはここでは初めて。
脂の関係であろうか、やっぱり、大きい方が、うまい。


うな重





これは、大きさに関係なく、いつも通り、うまい。


お客さんもだいぶ引き始めてきた。


旧知の、ご主人に挨拶し、勘定。


ご主人と、少し、世間話。


そうである。


以前に、ご主人に、浅草寺で年二回、
春と秋のお彼岸に行われている、東京の蒲焼組合主催の放生会
を見せていただいたことがあった。
今年も、お彼岸間近ですよ、と、ご主人。
あー、そんな時期か、と、思い至った次第。


江戸・東京名物、うなぎ蒲焼、
その、ごくうまいものが食べさせてもらえる、
小島町やしま、よいうなぎや、で、ある。






やしま
TEL 03-3851-2108
東京都台東区小島2丁目18−19