浅草在住、断腸亭錠志の断腸亭料理日記はてな版です。(内容は本店と同じです。)

断腸亭料理日記本店



テオドル・ベスター著 『築地』 その2

dancyotei2009-03-09

築地

築地


さて、今日は昨日に引き続き、アメリカの人類学者、
テオドル・ベスターがフィールドワークをもとに
著したその名も、『築地』。
『TSUKIJI The Fish Market At The Center Of The World』


東京卸売市場築地市場の研究書、で、ある。


その、書評のような、へ〜〜、そうなんだ、知らなかった、と、
いうような内容を書いてみている。



昨日は、歴史。


今日は、築地のシステムから、書いてみたい。


これはなんだか聞いたことがあるようだが、
やっぱりちゃんとは知らなかったこと。


ビジネス用語でいえば、サプライチェーン
商流、物流と、それ関わる、登場人物。
むろん例外は多いのだが、単純化して書いてみる。


まずは、魚を獲る(あるいは養殖する)漁師がいる。
(これは海外の場合もあり得る。)


次に、国内の場合は産地の市場を通り、
産地の卸に受け渡される。


これが築地に主にトラックで運ばれ、
セリが行われる、前の晩、築地の卸に入る。
この卸業者は免許制で、築地の場合7社しかないという。


そして、卸業者(またはその下請作業員)の手によって
セリのために、きれいに並べられる。


この時点で商流は二種類あり、築地の卸が、
購入している場合と、セリに出すことだけを請け負っている
場合。


そして、セリは午前6時頃に開かれるが、その前に
セリでの買い手、仲卸が今日のお目当てを探して、
下見。仲卸も免許制。


セリは、卸各社によって主催され、セリを仕切るセリ人
(これも免許制)は卸の社員だそうな。


また、セリは、扱われる商品のカテゴリーによって、
別々に開かれている。
このカテゴリーがポイントなので、書き出してみる。


全部で22種類。


・合い物(半加工、半生の水産物


・エビ、


・遠海物(国内でも東京から離れた沿岸で獲れた鮮魚で、
 主に鮨や季節料理に使われる)


塩干魚(するめや煮干しを含む干物)


・遠洋物


・干物


・北洋物(北太平洋で獲れるサケ、イクラカニなどの
 水産物で、北海道産の鮮魚、冷凍魚、塩魚などを含む)


・イセエビ


カニ


・活魚


・近海物(東京近辺の沿岸で獲れる活魚で、主に鮨や季節料理に
 使われる)


・鯨


・練り製品


・大物(マグロとカジキ)


・冷凍品


・サメ(蒲鉾などの練り物に加工されたものを含む)


・タコ


・淡水魚(ウナギを含む。多くの種は活魚として売られる)


・手繰物(サバ、イワシ、サンマなどトロール漁業で獲れるもの)


・特種物(飲食店業界向けの最高級魚。特に鮨種


・佃煮


・ウニ



(この分類、なかなかおもしろい。なんとなくわかるものもあるのだが、
「近海」が東京付近、「遠海」は離れているところ。
これがなぜ分かれているのか。
著作の中では、特に説明されていなかったが、疑問、で、ある。
どちらも高級なもので、鮨ねたに使われるという。
現代において、区別する意味はあまりないように思われる。
おそらく、歴史的なもので、冷蔵設備のなかった頃には、
遠海、というものは、存在しなかったのかもしれない。)


セリは、この分類ごとに一斉に開かれる。
先に書いたように、売るのは、7社の卸、買うのは仲卸など。
など、と書いたのは、セリに参加できるのは、他にもあるからである。
仲卸以外に、セリに参加する者は、仲卸とは別の、免許が必要。
これを広く「売買参加者」というらしい。
「売買参加者」は、仲卸が、約900社、それ以外が400社弱。
それ以外に含まれるのは、スーパー、飲食店のチェーン、病院、
学校など、大口消費者の代表。
取引金額は、仲卸が全体の64%を占めるという。


おもしろいのは卸は7社と集約されているのに対して、
仲卸は、900社とそうとうに多い。
結局これは、仲卸は、先の22の分類ごとに、特化している、
ということからきている。


つまり、マグロなどの大物だけを扱う仲卸もあれば、
練り製品だけを扱う仲卸もある、ということ。
(仲卸は一店舗について、セリに参加する免許は一つという
システムになっている。従って、複数のセリには、事実上参加できない。
これも各分類に仲卸が特化する原因になっている。)


セリを通さないルートというのも存在する。
これは主として、スーパーなど大手小売。
そのセリの一番高値で引き取る契約をあらかじめしておき、
品物の確保と、彼らの店舗の開店10時に間に合わせるように、
先に、納品させる。これは「先取り」と、呼ばれている。


セリの後の、商流、物流。
セリ落とされると、すぐさま卸業者によって、
それぞれ落とされた仲卸の店舗へ運ばれる。


そこへ小売店(町の魚や)や、鮨やの親方など
(買出人と呼んでいる)が買いにくる。
セリが終わった後なので、6時以降。


この仲卸で買いものにくるには、実は免許はいらない。
(これも私は知らなかった。)


しかし、実際には魚やのおとうちゃんも鮨やの親方も、
行き付けの仲卸が決まっており、いわば、顔見知り。


制度上はお金さえ出されば、誰でも買えるはずだが、
一見さんお断りを明言しているところもあるようで、
ちょいと覗いて、買ってみるわけにはいかないらしい。


むろん、売買単位はひと箱だったり、Kg単位であろうし、
一般消費者が買える単位ではない。
また、一見で買いにいっても、高い価格を吹っかけられる
可能性も高いともいう。
こんなことで、実際には、やはり、
トウシロウは入れない世界ではあるようだ。


また、この仲卸へ鮨やの親方が買いにくる場面では、
値段の交渉はない、という。
まあ、やはり、付き合いの中で決まっている
阿吽の呼吸というやつなのだろう。
決済も現金ではなく、月単位の掛け売り。
(これは店にもよるらしいが。)


実際に、築地の仲卸へ足を運ぶ買出人ばかりではなく、
見る必要がなければ、前の晩、電話やFAXで注文する、
という方法も一般的。


買出人はマグロだけではなく、様々な種類を
買わなければならないので、それぞれ、特化した仲卸十数軒を
回る。そして、買ったものは、その後、買出人ごとに、
仲卸から、“茶屋”と呼ばれるところに集められる。


“茶屋”とはまた、時代がかった名前である。
ようは、お客ごとの集荷場で、それぞれの店まで運んでもらう
配送業者、で、ある。


“茶屋”の由来は、そもそも、潮待ち茶屋、と呼ばれていたらしい。
これは、ご想像通り、日本橋時代にさかのぼる。
昔は、買い手も売り手も荷は舟で運んだ。
そこで、潮を見ながら、休んだので、潮待ち茶屋と呼ばれたという。
(上げ潮だと、日本橋川を下るには下りにくい、ということだろう。)
そして、その茶屋の名前だけが残っている、ということである。


さてさて、こんなことで、
一先ずの商流と物流が終わり、と、なり、
鮨やや、魚やに並び、皆さんの口に入る、というわけである。


へ〜〜〜、知らなかった。
で、ある。


さて。
このあたりまでくると、やはり、築地の主役は
仲卸である、というのが、名実ともに分かってきたと思う。


ここで、もう一度、先の22のカテゴリーに戻ってみよう。
このカテゴリーごとに、それぞれの仲卸は最寄業界という、
同業者組合を作っている。
それぞれを、会員数の順に書き出してみよう。


1.大物業界・・・335


2.特種物業界・・・217


3.遠海物業界・・・161


4.近海物業界・・・96


以下略


これで、仲卸でもさらに、主役が誰なのか、
わかってこよう。高級、高価な鮨ねたが、やはり花形。


築地が世界の魚マーケットの中心。
相場にしても、好み、人気にしても決定権、支配権を持っている。
ということは、その買い手である、東京の鮨や、というのが、
頂点に君臨している。
とても大雑把にいうと、そういうことなのであろう。


と、すると、やはり、そのお客である我々にも、
世界の魚マーケットにおいて、責任は大いにある。
これもやはり自覚すべき、で、あろう。


世界の海、魚のために、どういう消費がよいのか、と
いった環境系の話。
また、毎度鮨について考えているが、本当にうまい鮨はなにか、
など、食い物としての魚、料理人、鮨職人の技、などなど
食文化系の話。


今や、世界の定番食になっている鮨発祥の地、東京の
鮨やの客として、考えることは少なくないだろう。


築地を少し詳しくみるだけでも、こんなことを考えた。


さて、そんなこんなの、ベスター先生の労作『築地』。
むろん、もっといろんなことが語られ、分析されている、
のであるが、一先ず、ここまでにしよう。


さて。


この著作が書かれた後、ここ数年、築地を取巻く環境は
さらに変わってきてもいるようだ。
高度経済成長に支えられた、富裕層を抱える、中国の台頭も見逃せない。
今年の築地大物の、初セリであったか、大間のマグロに
最高値を付けたのは、香港の鮨大王(であったか?)
なる異名を持つバイヤーだともいう。


そんなに、大間のマグロが食いたいですか?、で、ある。


冷凍だって、解凍技術によって、それなりに食えるわけだし、
さらに、むろんのこと、マグロだけが鮨ではない。
毎度書いているが、最終的には、産地ブランドではなく、
鮨のうまさは、鮨職人の腕、で、あり、日本人、東京人は、
そこを誇るべきだし、職人はそこを競うべきである。
これこそがまさに、食文化、に他ならない。
金で解決できる文化では、薄っぺらすぎるではないか。


やはり、我々は、考えるべきである。


(また、さらに、昨年秋以降の世界同時不況、あるいは、
その後、というのも、気になるところではある。
築地というのは、常に景気に左右されてきた。
これも築地の逃れざる宿命、であるようだ。


あるいは、この著作では、あまり表面に取り上げられていないが、
市場外流通と呼ばれるものの存在。スーパーなどが直接調達するもの。
これは年々増え、反対に築地の取扱量は減少傾向であることも
事実であるという。しかし、個人的には、この件は大きな問題ではない
ようには思う。取引金額は減るのは、問題ではあるが、
築地の本当の価値はそこにはない。旬もなにもない、ステレオタイプ
うまくもないスーパーの魚とは土台勝負にならないのである。
これこそ、築地の魚文化の頂点としての地位に磨きをかけることによって
打ち勝つことができると思うし、また、実際に彼らはそうするだろう。)



最後に。


築地魚河岸はこれからどこへいくのか、
というような話、に、なる。


ご存じのように築地は都によって、豊洲への移転が
決まってはいるが、豊洲の土壌汚染の問題で、
果たしていつになるのかは、まだまだ不透明なのか。


だが、日本橋から築地の地に移って、早、
90年にならんとしている。
もう文化財にしてもいいような歳月で、ある。
(築地の施設は、ドイツのデザインを取り入れた設計で、
当時はモダンであったという。)


この現代に、あの場所に、トラックがガンガン発着する、
と、いうのはどう考えても適切ではない、だろう。
この点では、私は石原さんに賛成、で、ある。
銀座の鮨やの親方が、買い出しに行くのに、
地下鉄とゆりかもめを乗り継いで、いくのか、自家用車で
いくのか、わからぬが、多少の不便は慣れていただく、か。


日本橋の地から移動した時点で、もはや、土地に根付いた、
魚河岸、という意味は、なくなっている。
豊洲でも仕方がないだろうし、それでも、今度は、
豊洲の地に、きっと新しい平成の魚河岸ができていく。
場外、あるいは、近隣も含めて、魚河岸の人々は、
そんなことでは、倒れない。400年の魚河岸の伝統も、
心意気も滅びるとは思えないのである。
彼らは、したたかでもあろうし、強い人々ではなかろうか。
でなければ、世界一の魚市場の名前は返上、で、あろう。


大丈夫である。なぜならば、世界一、鮨や、魚を愛している、
我々、日本人、東京人がいるのだから。




P.S.
考えてみると、築地とは、なんだか
東京の縮図のようにも、思えてくる。