浅草在住、断腸亭錠志の断腸亭料理日記はてな版です。(内容は本店と同じです。)

断腸亭料理日記本店



初芝居

dancyotei2009-01-06

1月3日(土)


さて。


芝居、で、ある。
初芝居、という言葉があるようで、
正月の芝居、歌舞伎のこと。
これは俳句の季語でもあるそうだ。


寄席では、初席という。
ちなみに、これも季語。
寄席でも、いわゆる有名どころの大看板が
トリを務める。
志ん朝師ありしころは、狙っていったものである。
志ん朝師は独演会ぐらいでしか聞けなかったので、
寄席で聞けるのは貴重であった。


ともあれ。


昨年からの続きなのだが、今年の正月は、
一つ、芝居を見に行ってみようか、と思い立った。
調べてみると、この正月は、東京では、歌舞伎座国立劇場
新橋演舞場、浅草公会堂と、なんと四か所の劇場でやっている。


演目と、顔ぶれを見て、選んだのが、新橋演舞場


新橋は、なにをやっているのかというと、
役者は、海老蔵獅童で、昼が、義経千本桜、夜が白波五人男。


海老蔵獅童、というのもちょっとおもしろそうだし、
白波五人男は、一度見たかった演目である。


セリフだけは、やたらと有名で、


『問われて名乗るもおこがましいが、、』


『しらざあいってきかせやしょう、、』


などなど。
誰でも一度くらいはきいたことがあろう。


やはり、元の芝居を一応は見ておいた方がよいだろう、と。
海老蔵にしても獅童にしても、ドラマなどでもよく見るし、
なにかと話題の多い二人。
これも見てみたい。


と、いうことで、内儀(かみ)さんも誘い、
初日の一月三日の夜のチケットを取った。
席は、一階、さほど前の方ではないが、花道のそば。
ちょっと、楽しみである。


四時半開演。


鴨鍋なんぞで、呑んでしまったので、四時ちょい前に出る
格好になってしまったので、タクシー。
むろん、今日も着物。
初詣と同じもの。


なんとなく、劇場前にタクシーで乗り付けるのは
気持ちがよい。


新橋演舞場前は、初芝居のためであろう、
マスコミもきていて、開場待ちの人々とともに、
ごった返している。


ガードで予約したチケットを引き取って、
列に付き、開場とともに、場内に入る。
二、三階の様子はよくわからないが、
一階はほぼ満席のようである。


客層は、海老蔵獅童だからだろうか、
歌舞伎座などよりも、“軽い”というのも
ヘンないい方だが、ミーハーなおば様(?)
が、多いのか。
正月だからか、男性の着物姿もちらほら。
(私もだが)
また、名前は思い浮かばなかったが、着物を着た
若い女性の芸能人らしき人もいる。


席に座ると、ほどなく、幕が開く。



演目と配役はこんな感じ。



***********


一、歌舞伎十八番の内 七つ面(ななつめん)


         元興寺赤右衛門    海老蔵



二、恋飛脚大和往来(こいびきゃくやまとおうらい)


  封印切            


    亀屋忠兵衛    獅 童             


     傾城梅川    笑三郎           


   槌屋治右衛門    寿 猿          


  丹波屋八右衛門    猿 弥           


   井筒屋おえん    門之助



三、弁天娘女男白浪(べんてんむすめめおのしらなみ)


  白浪五人男   


  序 幕 雪の下浜松屋の場      


  稲勢川勢揃いの場  


  大 詰 極楽寺屋根立腹の場      


  同山門の場      


  滑川土橋の場  



  弁天小僧菊之助/青砥左衛門藤綱    海老蔵


             南郷力丸    獅 童


            鳶頭清次  市川右 近


            忠信利平    段治郎


赤星十三郎    春 猿


          浜松屋幸兵衛    右之助


          日本駄右衛門    左團次



*********



一幕目は、海老蔵が七つのお面を被っての踊り。


二幕目は、獅童が主役。
お話は、上方のいわゆる和事(わごと)。


色男と傾城(けいせい、遊女)の身受けに関わる
ドラマ、で、ある。


色男は獅童
いかにも、“らしい”という感じ。
セリフもわかりやすく、楽しめた。


梅川忠兵衛、という言葉を聞いたことがある方は
おられるだろうか。
私は、なんの噺か忘れたが、落語の中で聞いたことがあった。
なにかの例えで出てきたのだと思うのだが意味はわからなかった。
梅川忠兵衛という、人の名前、か、程度。


この芝居は、別名「梅川忠兵衛」というくらいのもの。
見ればすぐにわかるのだが、梅川というのが、傾城の名前。
忠兵衛は、色男の名前。


ご存じだろうか、昔から、登場人物の女性の名前と
男性の名前を並べて、ワンセットでいう、いい方がある。
私もそれほどたくさんの例を知っているわけではないが、、


落語にもある。


「お若伊之助」、「お花半七」、、、。


芝居や浄瑠璃の心中ものでは、決まりのいい方。
曽根崎心中は「おはつ徳兵衛」、、、。


それで梅川忠兵衛。
私は、一人の名前だと誤解していたのだが、
先に書いたように、傾城と色男の名前の組み合わせであった。
これは、私の、勉強。


ちなみに、中村獅童の屋号は、万屋
(なんか、ヨロズヤ、っぽくないよね、、。
イメージ的に、、。


さて。


30分幕間があり、待ってましたの、
白波五人男。
弁天娘女男白浪(べんてんむすめめおのしらなみ)は
正式な演目の名前なのであろう。
さらに、『青砥稿花紅彩画』(あおとぞうし はなの にしきえ)
というのが、原作の名前でもある、とか。


作者は河竹黙阿弥
初演は文久2年というから、幕末、穏やかならぬ世相の頃。
江戸では坂下門外の変で、老中安藤信正が殺され、
京都では、寺田屋騒動があった年。


白波、というのは、芝居では泥棒のことで、
白波もの、といういい方もするようである。
原作は、五人の泥棒の犯行描きながらの、長い話し、である。


海老蔵が弁天小僧菊之助
この場面の話は、獅童の南郷力丸と二人組みで
商家を強請にかけ、それがバレテ、それまで
女装をしていた弁天小僧が、もろ肌脱いで、
ケツをまくって、
有名なセリフ、


『しらざあいってきかせやしょう、、』


が、出てくる。


また、「稲勢川勢揃いの場」
が有名な、五人男勢揃い。
白い浴衣(?)に傘をさして、五人が名乗りをあげる。


これもとても有名な場面。
セリフも、みんなが知っているもの。
忠信利平が、特に有名。


『ガキの時から手癖が悪く、抜け参(メェ)りからぐれ出して、


旅を稼ぎに西国を、、、』


確か、落語「居残り佐平次」なんぞにも出てきた。


他にもあるのだが、この黙阿弥の作は、
なぜこんなに名セリフとして、人に知られているのか。


とにかく、語呂がいい、のである。


きれいな七五調、かけ言葉、洒落の多用。
台本を声に出して読みたくなる、
または、覚えて、暗誦したくなる。
日本語として、気持ちがいいのである。


海老蔵が、『しらざあいってきかせやしょう、、』を語りはじめ、


『名せぇ由縁(ゆかり)の弁天小僧菊之助たぁ、おれがことだ。』


と、終わると、私でも「ナリタヤ」と、声をかけたくなった。
海老蔵は、もちろん、市川団十郎の息子で、市川団十郎家は
江戸歌舞伎の荒事(あらごと)を家の芸とする。屋号が成田屋。)


また、このシーン、獅童海老蔵が二人組で
ワルを演じる。いかにも二人にぴったり。


うちの内儀さんなんぞは、この二人は、いかにも
女ったらしで、嫌いだ、といっていたが、
この芝居は芝居で、楽しめた、という。


獅童は、ドラマの方がイメージが強いが、
ちゃんと歌舞伎もやるんだ、、というのが
正直な感想。
いや、だからこそ、予想を裏切って、獅童はたのしめた、
のである。


また、舞台での海老蔵の声を初めて聞いたが、
意外に、カン高いので驚いた。
むしろ、獅童の方が、少しかすれがちだが、
野太い、押しのある声のように聞こえた。


しかし、それにしてもおばさん、というのは、
五分と黙っていられないのはなぜであろうか。


たまたま、私達の前の席のおばさん二人。
海老蔵を見ながら、きっと、氷川きよしの歌謡ショーでも
見にきている感じなのであろう。
コソコソコソコソと、まったくうるさい。
まわりに聞こえないと思っているのだろうか。
耳元でコソコソ喋るのは、よけい気になって仕方がない。
先に書いたように、これは特にセリフがポイントの芝居である。
「すこし、黙って聞けよ!」、で、ある。
(もっとも、名ゼリフだが、一度聞いたぐらいでは、現代人は
理解できない日本語であるが、、。)




そんなこんな。初芝居。


新橋演舞場、初春花形歌舞伎。
十二分におもしろかった。


ともあれ、


・・・こいつぁ〜春から、縁起がい〜わえ・・・



(これは「白波五人男」ではなく、同じく黙阿弥作だが
三人吉三廓初買(さんにんきちさくるわのはつがい)。)


よい年になることを、祈願で、ある。