浅草在住、断腸亭錠志の断腸亭料理日記はてな版です。(内容は本店と同じです。)

断腸亭料理日記本店



うなぎ・麻布・野田岩 その1「空間認識」のこと

dancyotei2006-11-05

11月2日(木)昼


まったくといっていいほど、筆者は、この界隈には、土地感が、ない。


どこかというと麻布界隈、で、ある。


今日は例によって、五反田へ。


本当は、昼、これも例によって、「カレーの店うどん」<へいこうと、思っていたのであるが、
南北線麻布十番を、通りかかり、ふと、降りてみた。


うなぎの老舗、野田岩にいってみようかと思い立ったのである。


野田岩は、筆者にとっては、日本橋高島屋の特別食堂


麻布は、土地感がないくらいであるから、むろん本店には
きたことはなかった。


南北線改札前に地図がある。
その前に立ち、ケータイで、野田岩の場所を検索する。


野田岩は、麻布十番ではない。
大江戸線で、隣の赤羽橋の方が近い、ことが判明する。


歩こう。


麻布十番駅でも、十番の商店街方向は、何回かきているので、
そこそこ、道はわかる。


しかし、それとて、地図が頭に入っている、というほどではない。


またまた余談で、細かいはなしで恐縮である。
少し、空間認識の、話。


ここでいう、道がわかる、ということ、と、
地図が頭に入っている、というのは、ちょっと、別のことなのである。


話題になった「話を聞かない男、地図が読めない女」
という書籍がある。


読者の方は、お気付きであろうが、
筆者はむろん、地図は読めるし、それ以上に、“大好き”、で、ある。


「地図が読める」ということは、筆者にとってはかなり大事なことである。
どうも、根源的に、本能的に大事なことのようである。


自分の今いるところを、北がどっち、南がどっち、
どういう風に道が走っていて、どこに坂があって、
どこにどんな建物が建っているのか、などなど、
空間としてどういうふうになっているのか認識する。


この状態が、「地図が頭に入っている」「土地感がある」
ということである。


先の「話を聞かない・・・」ではないが、地図を読んで、
自分の今いるところを空間として認識する。
これはある程度、男の本能ではなかろうかとも思う。



学生時代、文化人類学の授業であったか、専門書であったか、
忘れたが、こんな例があった。


国はインドネシアであったろうか、これも定かではないが、
ある、一つの島。その島では、昔から伝承された
民族芸能が盛んであるという。


ある時、その芸能の伝承者の男性を、自動車に乗せて、島の反対側に
連れていくと、まったくその芸能ができなくなってしまった、という。
そして、もう一度元いたところ戻し、今度は歩いて連れてくる。
そうすると、なんなくその芸能ができた。


不思議なことである。


インドネシアでも、信仰と芸能の島として有名な、
バリ島をご存知の方も、多いであろう。


民族芸能は、大抵はその地域の人々が昔から持ってきた信仰と
深く結びついている。また、それは、その島ならその島の、「空間」とも
一体なものであることが多い。


バリ島では島の最高峰の山が、彼らの世界の中心で、神聖な場所であり、
バリ人はどこにいても、その山の方向を聖なる方向として
認識している、という。


こうした例は、なにもバリ島だけのはなしではなく、
広くいろいろな地域で見られる。


かくいう日本でもこうした空間(土地などの自然物)と
信仰の結びつきは強く、例を挙げると、枚挙にいとまがない。


ムラの大きな古い木であったり、大きな岩であったり。
ご存知のように、日本人は古くから、
そうしたムラのランドマークとなるような自然物を
身近な神として祀(まつ)ってきた。
(いや、もっというと、日本人は、竈(かまど)から、
便所、井戸、納屋、裏山、橋、池、川、、火、水そのもの、、などなど、
周りのありとあらゆるものに、神をみつけ、祀ってきている。)


また、日本には神話の時代までさかのぼる神社が、
全国でもいくつかある。○○大社(たいしゃ)と、
いわれるような神社である。


奈良、大和の大神(みわ)神社、伊勢神宮、出雲の出雲大社
信州、諏訪の諏訪大社など。
これらのご神体はすべて、背後の「山」そのもの、である。


その地域を見下ろし、守り、ときには、災いも及ぼすが、
地域の中心であり、民の心の拠(よ)りどころである、
一番高い「山」。それそのものが神様なのである。


日本人にとっても古来自分たちの住み暮らす空間をどう認識するか、
ということは大切なことであった。
これは取りも直さず、日本の「民俗文化」で、ある。


さて、先の、自動車に乗せられて、芸能ができなくなってしまった例。


普段は乗らない、車に乗せられることによって、
空間をショートカットさせられ、彼らにとって大切な空間認識が混乱し、
その空間認識と不可分な伝統芸能ができなくなってしまった、
と、いうことなのである。


そんなわけで、文化人類学でも日本民俗学でも、
「空間認識」、その地域に住んでいる人々が、どういう風に
その地域空間を認識しているのか、ということは
基本的で、大切なテーマなのである。


長くなってしまった。


「地図が頭に入っている」、という話であった。


まあ、筆者は踊りは踊らないが、地図が頭に入っていないと、
やはり、かなり、不安である。
文字通り、地に足がついていない、そんな気分なのである。


改札前の地図を見て、ケータイの野田岩の小さな地図を見る。
野田岩は、赤羽橋方面で、東麻布一丁目。
とりあえず、赤羽橋方面へ向かうべく、出口を捜す。
そして、ある程度の方向と道を頭に入れる。


東京メトロ・麻布十番駅付近図

3の出口。


出たところは、「一ノ橋」の交差点。
高速が上を三方向に走っており、「一ノ橋」ジャンクション。
この時点では、通りの名前もわかっていない。
方向はカンで、ある。


3の出口を出ると、川面は見えないが、一ノ橋の上(?)のような、、
ところに出る。


右方向へいく。
ここからは、ケータイの地図を見る。


大通りを進み、地図によれば、東麻布一丁目は通りを渡った
向こう側、だと思われる。


渡ってみる。


渡ったところは、住所では、東麻布一丁目。
野田岩は、一丁目5−4。


ケータイの地図では、拡大した詳細まではわからない。


地図はあきらめ、各家々やビルに貼ってある、
何丁目何番という表示で、捜すことにする。


「5」を捜すが、なかなか見つからない。
ぐるぐる、界隈を回る、、、、。


、、、、。


あった。





店は大きくはないが、軒行灯に、「うなぎ野田岩」の文字。
暖簾が出ており、営業中の札。


よかった、よかった。
やっとたどり着いた。


重そうな、民芸風な表の扉。
自動ドアになっている。



入る。




(今日は、ここまで。続きは明日。)