浅草在住、断腸亭錠志の断腸亭料理日記はてな版です。(内容は本店と同じです。)

断腸亭料理日記本店



その8「道灌」


昨日は、「道灌」から、江戸弁のこと、「はっつぁん」、「横丁のご隠居」
そして、長屋のことなど、書いてみた。


今日は、せっかくであるから、「道灌」について。


入門したての前座がまず、憶える噺、と、書いた。
短く、簡単で、主に前座がやる噺を、前座噺(ぜんざばなし)と、いう。


有名な長い名前の「寿限無」。子供をほめる「子ほめ」。
(蚊帳釣りてえ、首釣りてえ、の「子ほめ」、である。)
牛をほめる「牛ほめ」「平林」「十徳」「つる」、、などなど。
むろんのこと、この「道灌」も前座噺である。
しかし、前座噺と、いって、馬鹿にすることなかれ。
けっこう、面白い噺も多い。


「道灌」も先代三遊亭金馬、の音が残っているが、これはよい。
入門編としても、おすすめである。


先代三遊亭金馬については、また、稿を改めねばならない。
「薮入り」「居酒屋(ずっこけ)」「雑俳」「孝行糖」あたり。
剥げ頭で、出っ歯。よい噺家である。
(当然故人。筆者もリアルでは知らない。)


「道灌」である。
道灌とは、お気付きかも知れぬが、太田道灌のことである。


筆者の世代で、東京で小中学校教育を受けられた方は、
ほぼ、知っているかと思う。
小学校の「私たちの東京」なんという、社会の教科書にのっていたと思う。


以前、都庁が、有楽町にあった頃。この太田道灌銅像
都庁舎の前に建っていたのである。


昔々の東京の主(あるじ)、と、いうことで、都庁前にあったのであろう。


「道灌」にも出てくる。


八「この人、お城なんか持ってたのか?
隠「知らないのか?千代田のお城(江戸城)だ」
八「隠居さんねえ。あっしが、知らないと思って、馬鹿にしちゃいけねえ。
  ありゃあねえ、徳川様のお城じゃねえか。え?
  あっしだってね、親爺に聞いて知ってんだ」
隠「いや。あれは、徳川様のお城だがな、
  もとは、道灌候がお造りになったんだ」
八「じゃあ、太田さんから、徳川さんが、買ったんだね」
隠「いや、買った、というわけではないけど・・」
八「買ったんだよォ。安く買ったに違いないね」
隠「なんで?」
八「家康(安)、ってね」



  ・・・』


太田道灌は、室町時代の武将。
当時の江戸は、入り江や、沼の多い、武蔵野国の鄙(ひな)びた漁村で、
もともとは江戸氏、という小さな豪族が治めていたという。


そこに、太田道灌が、城を建てた。これが江戸城の始めである。
この後、江戸は、徳川家康入府まで、関東では戦国時代を通して、
戦略上もさして重要なところでもなかったため、
歴史には、ほとんど、登場もしない。


さて、その絵は、道灌候が、田端の里へ狩りに出掛かられたときのもの。
俄(にわ)かの叢雨(むらさめ)。
雨具を借りに、かたへのあばらやに頼むが、
その家の、賤(しず)の女(め)が「お恥ずかしゅうございます」と、
一つの歌を差し出した。
「七重八重 花は咲けども 山吹の 実の一つだになきぞ悲しき」
これは、簑(みの)がない、と、いう。実と、簑をかけた、断りの歌であった。
道灌候は、この歌を知らず、家来に意味を、教えてもらう。
なるほど、と、小膝を打ち、余は、歌道に暗いなあ、とその後、
歌の勉強をし、歌人ともなる。


この逸話を絵にしたものが、隠居の部屋にかかっていたのである。。


これを聞いた、はっつぁん、は、
なるほど、これは雨具を借りにきた奴に、断りをいう歌、として
よい、と、いって、紙に書いてもらう。
自分のところへ、傘を借りにきても、返さない奴が多いから、
これで、断ろう、と、いう。


これを知らないというのは、“歌道”に暗い、と。


八「カドウ、ってなんです」
隠「歌の道、が、歌道だ」
八「水の道が水道、鉄の道が、鉄道だ」


と、ちょうど、叢雨が降ってくる。
傘を貸してくれる、という、ご隠居に、
「道灌で、帰ります」と、はっつぁん。
濡れて帰る。


自分の長屋に帰ると、案の定、友達が来る。
しかし、雨具は持っており、提灯(ちょうちん)を貸してくれ、と、いう。

八「場違ぇな、道灌だな」


雨具を貸してくれ、といえば、提灯を貸してやる、と、
無理やり、いわせる。


八「女形(おんながた)でいくよ。
  “しろの女(め)”だからな、(しなを作って)、お恥ずかしゅう・・・」
友「よせよ。おい。ここがおかしいんじゃねえのかい。え?、なにを・・・。
  これを読め?って、、忙しいんだよ、俺は・・・
  え?、、、な、な、へ、や、へ、」
八「ななえやえ、ってンだよ」
友「そうかい。は、な、は、さ、け、と、も」
八「だらしのねえ読み方をするねぇ。濁点(にごり)が打ってなくても、
  付けるところには、付けるんだよ、
  七重八重 花は咲けどもども やま、、山伏の、、、えーと、、、、
  味噌、一樽(ひとたる)と、鍋と釜しき、、、ってンだ」
友「なんだい、そら、勝手道具の都都逸(どどいつ)か?」
八「都都逸だ、ってやがら・・・この野郎、これを知らねえとなると
  そうとう、歌道、に、暗えな」
友「あったりめえだ、角(かど)が、暮れえから、提灯借りにきた」


特に、よい下げではないが、一応、下げにはなっている。
いや、バカバカしさが、よいかも知れない。


少し挙げたが、細かい笑いが随所に入れられており、
誰がやっても、そこそこ、笑えるようにできている。
そういう意味で、前座噺としては、よくできている噺
であろう。


ちょっと出てきたので、最後にちょっと、都都逸のこと。


この噺には、都都逸そのものは出てこないが、
比較的落語にはよく登場する。


都都逸は、芸者さんなどが、お座敷で三味線を弾きながら
唄った、節のついた短い、うた、である。
七、七、七、五。

噺では、二人旅、欠伸指南、などにも出てくる。


たまたま会うのに 東が白む 日の出に日延べがしてみたい(欠伸指南)


と、色っぽいもの。


A「道に迷って困ったときは ってな、知ってるか?」
B「知らねえや」
A「知らなきゃ誰かに、聞くがいい」(二人旅)


こんなものも、一応、都都逸である。