浅草在住、断腸亭錠志の断腸亭料理日記はてな版です。(内容は本店と同じです。)

断腸亭料理日記本店



その3 文楽で三席


さて、引き続き、今週も金土は落語案内を。
まったく落語を知らない方にも聞いていただきたいシリーズ。
今週は、志ん生師に引き続き、文楽師、圓生師。
まずは、桂文楽から。

桂文楽

八代目桂文楽落語全集―完全版(CD付き)


三人の中で、最もきちんとした、優等生。


同じ作品であれば、どのテープを聞いてもまったく同じ。
長さも、秒単位で同じであるという。
やる作品全て、練りに練られた、珠玉の完成品である。
非の打ちどころがない。


(特に、志ん生師とは、好対照かも知れない。
志ん生はひどいものはひどい。しかし、そんなひどいものもひっくるめて、
志ん生の生きてきた姿そのものが、落語、である、ともいえる。
このあたり、談志家元が、いった、「落語とは、人間の業の肯定である」
ということにつながっている、ように思われる。
この「落語とは・・・」は、また、詳しく述べなければならない、、かな。)


その代わり、文楽師のネタの数は、他の二人と比べて、極端に少ない。


一般には、志ん生師などと比べて、面白みがない、と、いう評価もあろう。
筆者も以前は、そう思っていた時期もあったが、どうしてどうして、
そんなことはない。

この人の噺の完成度は、並大抵のものではない。
他の二人でも、あるいは、他の人でも、文楽師の持ちネタで、
文楽師の完成度を上回る内容を喋れる落語家は、
いない、と、断言できる。


志ん生と、文楽、それぞれの落語家としての一生に、
優劣が付けられようはずがない。
どちらも、稀代(きだい)の名人である。

さて、桂文楽で三席。


明烏」「寝床」「鰻の幇間


あたりであろうか。「愛宕山」か「船徳」でもいい。
「鰻の幇間」なら、「素人鰻」の方がよくないか?
「つるつる」もおかしい。やはり「酢豆腐」は落とせない、、
いや、「よかちょろ」もいいんだけどなぁ〜。
唯一、志ん生と重なるけど、「富久」もなぁ〜。
マニアなら「王子の幇間」かなぁ〜。
厩火事」は?

・・・・。


はっきりいうと、どれでもいい。どれもはずれない。
あとは、その噺(はなし)が好きかどうか、である。


NHK落語名人選 八代目 桂文楽 明烏・心眼
明烏(あけがらす)」
これは、やはり、落とせないであろう。
落語の、明るさ、粋、当時の、大人の世界、吉原を十二分に描いて
どうしても筆者は、筆頭にあげる。


文楽師の若旦那ものの、代表としても、あげた。
また、落語のなかの、数ある廓(くるわ)噺の代表、あるいは、
入門編として是非、聞いていただきたい一席である。


大店(おおだな・文字通り、大きな店である。)の若旦那が主人公。
世間を知らず、青い顔をして本ばかり読んでいる。
心配した親爺(旦那)は出入りの者に、吉原へ遊びに連れて
行ってくれるように、頼む。
頼まれた方は、なんとか騙して、若旦那を連れ出す。


ストーリー自体は、他愛のないものである。
文楽師の描写する、吉原は他の人と比べても、最も明るい。
時代イメージとしては、明治くらいであろうか、古き良き、
今はなき、廓、新吉原を、今に伝えてくれているように
思うのである。
ここで描かれているのは、吉原でも、大店(おおみせ)。
そこでの遊び方の手順、段取り、様子、夜、一夜開けて、朝、
などなど、よかったんだな〜、という・・・。


これも、筆者の好きな落語の世界の一つである。


●この噺の、このフレーズが、可笑しい。

やはり、下げ、であろうか。


NHK落語名人選 八代目 桂文楽 寝床・素人鰻
「寝床」
これは、もとは、上方ネタ(上方落語の噺が江戸入ってきた?)、
であろうか。文楽師以外にもやる人は少なくない。


噺としては、笑いも多く、そこそこ、長い。
下げも悪くはなく、完成度の高い、噺であると思う。
落語入門編としては、是非、聞いてもらいたい一席である。


「寝床」を聞くのであれば、文楽。そんなチョイスである。
(もう一人、談志家元も、面白い。)


義太夫に凝った、大店(おおだな)の旦那。
この義太夫が、驚くほど、へたくそ。
とても人に聞かせられる代物(しろもの)ではない。
本人も下手なことはわかっているが、そこまで、酷(ひど)い、とは、
思っていない。
これは悲劇である。周りの者は、聞きたくない。
本人は好きなものだし、せっかく、習っているものだから、聞かせたい。
その悲喜劇、ドタバタ、である。
全編、抱腹絶倒、である。


昔は「寝床」という言葉は、慣用句にもなっていた。
下手な趣味を人に強要して見せる、聞かせる、そんなことを、
「寝床」と、いったのである。


●この噺の、このフレーズが、可笑しい。

「義太熱」


寝てしまった皆に
「ここは、宿屋じゃない!」


NHK落語名人選 八代目 桂文楽 鰻の幇間・干物箱
「鰻の幇間(たいこ)」
これは、文楽師以外あまりやらない、噺かも知れない。
筆者は、とにかく可笑しい。


落語に登場する幇間
字で書くと、幇間で、ホウカン、と、読むのが普通であるが
落語では、太鼓(たいこ)持ち、という方が多い。


料亭などの宴席に呼ぶ、芸者。
これは、女性に決まっているが、
昔は、男がやる、芸者と似たような仕事があった。
これを、幇間、たいこ持ち、といった。男芸者である。


落語には、よく登場する、キャラクターである。
きちんとした時代考証、風俗考証をすると、実際のたいこ持ちと、落語に登場する、
たいこ持ち、とは、違うもの、である、と、考えた方がよい、
と、いう人もいるようである。

落語のたいこ持ちは、与太郎、などと、同様に、
どの噺に出てきても、ほぼ、同じキャラクターである。


この噺に登場する、主人公のたいこ持ちは、野だいこと、呼ばれ、
町を歩いて、取り巻く(たかる)客を探す。


浴衣を着て、銭湯へ行く途中の人(お客)を捕まえて、
うなぎ屋に連れ込み、ご馳走になろうと、する。


と、食べ始めてしばらくすると、客が、便所へ行く。
しばらく待つが、なかなか戻ってこない。
不信に思って行ってみると、いない。
店に聞いてみると、帰った、という。
勘定は済んだんだろ?、と、聞くと、まだだ、という。


「え?」


たかる、はずのたいこ持ちが、逆に、たかられて、逃げられてしまった、
と、いう、ことが、判明。


さあ、どうする。


なけなしの10円札を取り出し、
「払うよ、払や、いいんだろ!!」
と、これから、延々と、うなぎ屋の小女(こおんな)を相手に、
文句をいいながら、食べ残した、うなぎを食う、と、いう噺である。


この、文句、たいこ持ちの一人語りであるが、傑作である。
文楽師は、比較的、早口であると思われるが、流れるように、
文句、というのか、言い掛かり、というのか、まくし立てていく。
まさに文楽師の面目躍如と、いう噺であろう。


●この噺の、このフレーズが、可笑しい。


「うなぎ屋の新香なんて、乙に食わすもんだ。
え?なんだい、このワタ沢山(たくさん)のきゅうり。
こんなもん、キリギリスだって食やぁしないよ!
この、また、奈良漬をよくこう、薄く切れるね、え?


・・・・


また、この、猪口(ちょこ)が勘弁ならねえ。え?
客が二人でしょ!
二つ違ってるのがおかしい、じゃない。
え?それも、こっちが、伊万里(いまり)で、
こっちが九谷(くたに)だってのなら、いいよ。乙なもんだ。え?
この猪口を見ろ!マルに天の字としてあらぁ、
これ、天ぷら屋でもらったんだろ。え?
君ね、うなぎ屋で、君、天ぷら屋でもらった猪口を使って、、、
よろこんで、、え?、君、頭が働かな過ぎら、え?」


今でも、どっかに、ありそうな、風景である。


この三席、以外では、先に、どれもおすすめ、と書いたが
一席だけ、酢豆腐、は聞いていただきたい噺である。


「さすがは、スンツァン。」
「スンツァン?。オレぁ、しんちゃん、ってんだけどな、、、。」
というフレーズ、最高に可笑しい。


さて、明日は、圓生師。