引き続き、十代目金原亭馬生「笠碁」。
三年前[ミノヤ]の主人が暮れになって、金を借りにきて、
喜んで貸した。
あーたも喜んだね。
これ以上ないというくらい喜んだ。
わかってますね。
助かりました。あの時あの金がなかったら、今の店はおそらくなかった。
そうでしょうねー。
それだけのお金だった。ね、、、、、で、、、
これ、、、、、一目待って、、、、
その三年前の話を聞く前だったら、待ったかもしれません。
それを聞いて待てなくなりました。
え?、そりゃ、どういうわけです!?。
じゃ、言いましょう。
あの時、あなた、なんて言いました。
二十日正月(はつかしょうがつ)までには必ず返します。
目途がございますと。
二十日正月にあなたは来た。
返しましたか?。
返さなかったでしょう。
どうしてもできません。
二月までお待ち願います、と。
その時に、あたしが待てないと言いましたか?。
それに引き換えて、なんですこんな石の一つくらい、
待てないわけがないでしょう!。
なんか、話が違ってきましたね。
ですが、ちゃんと付けるものを付けて、お返しいたしました。
当たり前でしょう。
返すのは。
返さなきゃ、泥棒でしょ。
泥棒?!。
泥棒とはなんです!。
そりゃーね、お宅には世話になってます。
ですから、暮れやなんかの、大掃除にも家の若い衆を
こっちへ寄こします。
家の若い衆をね、あーたは一日中こき使って、蕎麦一杯
食わせるわけじゃなく、小遣いをやるわけでもなく、
あんなケチな旦那はいないって。
ケチ?!。
ケチとはなんです。
いいですか?!、あなたもご商店の主だ、人の家へ知らない
若い衆が来て、役に立つと思いますか?。
邪魔なんです!あんなものは。
邪魔?!。
言葉は謹んで頂きたいですね。
人の厚意で、手伝いに来ているのに、それを邪魔とはなんです?!。
あたしがこうやって碁を打ちにくる。
これだって、あーたが退屈してるだろうなーと思うからきてるんです。
こんなヘボな碁の相手を。
ヘボ?!。
あたしはね、他のことは我慢できんですよ。
ヘボと言われるだけは我慢できない。
あたしだって、忙しいんです。
あーたが来るからしょうがなく碁の相手をしてるんです。
やめりゃいいんです。こんなもの。
(石を放り出す仕草。)
帰っていただきましょう。
ええ、帰ります。
二度と来ていただきたくありませんな。
え~~~、来ませんとも!。
こんなヘボな家。
ヘボとはなんだ!。
二度と来るな!。(怒鳴る。)
グゥ~~~!(なんだか、わからない雄たけび。)
これで、お仕舞んなるのかと思うと、そうでない
ところが、おもしろい。
それから、三日ばかり、しょぼしょぼと雨が続く。
昔の、大店の旦那なんて、なんにもすることがなくなってしまう。
(場面は[ミノヤ]の隠居所。
[ミノヤ]は代を譲っているのか、お内儀(婆)さんと二人。)
よく降るね。
(煙草をのんだり、お茶を飲んだり。)
空によくこれだけ水がありますね。
え?退屈でしょ?。
忙しそうに見えますか?。
え?、碁会所?。
碁会所なんか行って、どうすんですよ?。
相手なんかいませんよ!。
みんな強すぎんです!。
あたしの相手はあいつしかいないんです。
よく我慢してられんねー。
いや、わかってるんだよ。
マテ、って時に、ポンと待ちゃよかったんだよ。
待ったって勝てたんだよ。
そうだ、あそこの家に、煙草入れ、忘れてきた。
取ってこよう。
あんなヘボな家に置いておくと、煙草入れがヘボんなる。
若い衆に?
いいんだよ。お前はすぐに若い衆を使おうとする。
私は身体があいてるから、あたしが取ってきますよ。
でー、退屈をしていたら、一つ、、。
およしなさいって!、そいでもって、ヘンテコんなちゃったんだから。
いー、わかった。やらない、やらないよ。
あー、その傘だめなの。私の。
これからお使いに出ますから。
たく、お前は。
あ!。
(壁に掛かった、被り笠(菅笠?)に気が付く。)
これ、去年富士山登った時の笠。
こんなもんでも、こうすりゃ、
(被って、手と袖を前で合わせて身体を小さくする。)
じゃ、行ってくるよ。
んな、ヘンな恰好して行かなくたっていいじゃない。
およしなさいよ。
いいよ、行ってくるよ。
つづく