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断腸亭落語案内 その61 春風亭柳好 野ざらし 金原亭馬生 柳田格之進

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引き続き「野ざらし」。

私は身の程知らずにも「野ざらし」を談志家元のもので覚えて
しまったのである。
もちろん、これは大間違い。
さらに、唄うような柳好版でも間違い。

正解は、比較的ノーマルな柳枝版だったのであろう。

ただ、それでも、この噺、素人に手におえる噺ではとてもない。

例えば、志らく師にも指摘されたが「鐘がボンと鳴ぁ~りゃ」の
サイサイ節が唄えない。小唄でも都々逸でも唄ったことのない者は、
邦楽の独特な節回しがまるでわからない。そんな体たらくであった
のである。
私などは演ってはいけない噺であったのである。

さて。
柳好、柳枝以降、噺として大メジャーになったからか、談志家元も
然りだが、この世代では、志ん朝小三治、先代円楽など、
いろいろな人が演り、音がある。

その後となると、どうなのであろうか。

立川流は、家元の十八番でもあったので、若手でも演っている
と思われる。志らく師も演っている。

その他は平治時代の当代桂文治師、花禄師などの音がある。
それ以外にも今も演る人はあるのか。

やはり、この噺も段々に難しい噺なってきているのでは
なかろうか。
爆笑系の噺というのはそもそも、書いてきている通り、
技術とセンスが不可欠である。
それに加えて、この噺は、明治から昭和初期に爆笑系として
完成されているため、当時の言葉とセンスの、くすぐりがふんだんに
入っている。江戸ではなく、中途半端に古い。
古典になり切れていなかったといってよいのかもしれぬ。

例えば、この部分。

八「半鐘の鐘が、ジャンジャン~~~~
  鉄道馬車の鐘がカンカンカンカァン~~~~
  
  (唄)
  え~、ただぁ~~~~~~~~~~
  鐘がカーン、カーン、ポーン、ポーン、
  叩いて仏になるならば、時計やのまわりはあらかた仏にぃ
  なる~~~~~~~だろぅ~~~~~。
  ってな知ってるかぃ!。」

鉄道馬車は、電車(市電、都電)に変えるとしてもちょっと微妙。
路面電車が、カンカン~と鳴らすことを知っている若い人は東京などでは
ほぼいなかろう。時計やも、もはやこの世から消えつつある。
これらを含めて、センス自体が中途半端に古い。
陽気でここはかなりのハイテンションで演じなければ、いけないのだが、
以前であれば、爆笑であった部分であるだけに、俗にいう、
スベル可能性は高く、その場合、噺の流れ自体を壊しかねない。

かといって、ここを省くのも爆笑噺「野ざらし」のバランスを崩す。
別の演出に変えるのか、、、。
志らく師は、この部分の直後に八五郎をクレイジーにする駄目押しの
演出を入れている。

ちょっとイレギュラーな形で完成してしまった噺だけに
どんな風になっていくのか。ちょっと悲観的にも思えるが、、。

さて。

三代目春風亭柳好師とともに「野ざらし」、八代目柳枝師
を少し書いてきた。

円生師から書き始めた昭和の落語家、というくくりである。

この他に、どうしても書いておきたい落語家。
次は、ここまでの落語家の下の世代。

書かねばならないのは、五代目柳家小さん師であろう。
まさか、人間国宝を書かないわけにはいかないだろう。
もう一人、とかく忘れられがちのような気もするのだが、
金原亭馬生師。

小さん師の方が生まれは早く10歳以上年上なのだが、亡くなったのは
後なので馬生師を先に書きたい。

十代目金原亭馬生
落語ファンであればいわずと知れた、五代目古今亭志ん生の長男。
志ん朝の兄。女優池波志乃さんの父。
亡くなったのは昭和57年(1982年)なのでもちろん私の記憶のある
落語家。CMなどにも出演ていたのではなかろうか。

十代目金原亭馬生といえば、なんであろうか。

ネタ数は多いと思うのだが、この人だけ、というのは、
そう多くはないかもしれぬ。
爆笑系でもなく、大名人でもなく、暗くはないが多少地味。
優しそうでどこか上品で、私は好きである。

挙げたいのは「柳田格之進」である。
講談が元で、人情噺といってよいだろう。
コアな落語ファンの方はご存知ではあろうが、やはり
一般にはあまり知られていないと思うので書いておきたい。

舞台は旧幕時代の江戸。

主人公の柳田格之進は江州彦根藩の浪人。
(江州(ごうしゅう)は近江)

文武に秀で江戸藩邸では、留守居役をしていた。
留守居役というのは江戸での藩の外交官などとも言われる。
幕府や諸藩との情報収集、交換を行う役目。

柳田格之進は有能なのだが、真面目一辺倒。
融通が利かず、嫌われ、浪人となってしまった。

浅草阿部川町の裏長屋で娘の糸と二人暮らし。
(阿部川町は私の住む、元浅草。うちは一丁目で、町内会は七軒町。
この界隈の町内会は旧町とイコール。阿部川町は三丁目の一部で
今も町会としてあり、江戸からある町名である。)

娘は長屋の縫物などをし、柳田は子供に読み書きを教えるが、
剛直一辺倒でそのうちに子供もこなくなる。

季節は夏になり、暑い。

娘のすすめで柳田の好きな碁を打ちに、近所の碁会所(ごかいしょ)へ
行ってみることにする。

雷門の方へぶらぶらくると、一軒の碁会所があったので入ってみる。

ここで万屋万兵衛という男と出会う。
碁の腕前もちょうど同じくらいで二人で打っていると誠に愉しい。

この万屋万兵衛、浅草馬道の大店の主人。
二日三日と、柳田もおもしろいので、碁会所に通う。
二人は、親しくなる。
碁会所の費用も万兵衛が出してくれる。

 

つづく