清「いずこの方か知れないが、野へさらされて浮かばれまいと、
そこであたしが回向をしてやったねー。」
八「えーこう、詰まらねえことやりゃあがったなー。」
清「いや、手向(たむ)けをしたんだよ。」
八「あー、狸がどうした。?」
清「なぜそう話しがわからないんだよ。
野を肥やす 骨に形見の隅田川
盛者必滅(じょうしゃひつめつ)、会者定離(えしゃじょうり)
南無阿弥陀仏(なむあみだぶつ)、南無阿弥陀仏(なむむだぶつ)と
腰に残った瓢(ふくべ)の酒、骨い(へ)掛けると気のせいか、
骨がぽーっと赤くなったので、あー、よい功徳をしたと、
家ぃ帰って、寝酒を呑んで、横になった真夜中。
目が覚めたが、どーしても寝ることができない。
するとねー。
どこで打ち出す鐘か知れないが、陰に、」
八「おっと!。
ちょっと待ってください、ちょいと。
それ、こもったんでしょ。」
清「そうだよ。」
八「陰に、ってぇと、きっとこもらせてやがる。
もう、こもる時分だと思ってたんだ。
こもりそこなちゃっただろー。
ざまー見やがれ。」
清「なーにぉ、下らねえこといって。」
八「ぼーん、ときましたか。」
清「うん。」
八「上野の鐘は、銀が入ってるから音がいいや。
コ~~~ン。
芝の鐘は海へしぶくから、さわりがつくね~、
グワン、ワン、ワン、ワ~~~ン~~~~。
大きな寺の鐘、割れたような音がすらぁ、
ゴ~ワン、ゴ~ワン、ゴ~~~~~ワン。」
清「うるさいよ!。」
八「半鐘の鐘が、ジャンジャン~~~~
鉄道馬車の鐘がカンカンカンカァン~~~~
(唄)
え~、ただぁ~~~~~~~~~~
鐘がカーン、カーン、ポーン、ポーン、
叩いて仏になるならば、時計やのまわりはあらかた仏にぃ
なる~~~~~~~だろぅ~~~~~。
ってな知ってるかぃ!。」
清「そ~んなこと知りゃぁしないよ。」
八「なんです?」
清「手前、向島からまいりました。
結構な句をいただいて、浮かぶことができました。
ご恩返しと。
あたしの肩をもんでいたのは、ハっつあん、夕べのはこれだぁ~。」
(両手を前に出して幽霊の恰好。)
八「幽ですかぁ~?」
清「なに~?」
八「テキかい?」
清「なにが?。」
八「幽テキかい?。」
清「ものを切れ切れにいう奴があるかー。」
八「きれいなテキですね~。
あんななら、怖くないんです~。
じゃー、向島行って、功徳しますかぁ~。
なーんだ。あんな、女くるんなら早く知らしてくれりゃいいのに
一人で、功徳してらぁ~。こすいよ~。ひっかくぞ~。」
清「なにをひっかくんだよ~。」
八「お安い御用だ。この釣り竿、、。」
清「こらこら。
そう、つない(ぎ)竿、ガラガラやって。」
八「ケチケチすんなぃ。借りてくよ!。」
ってんで、釣り竿肩に、酒ゃへ行って、いくらかの酒を腰ぃぶる下げて
来てみると、土手下へ、こう、ず~っと釣り師が出ておりますんで。
八「いるね。
今年ぁ、こりゃ、年寄が色気付きゃがったぃ。
随分早くから、こりゃぁ、功徳に来てんね。
驚いたな。油断も隙もできねえ。
こんちはー!。
んちは~!。
なんだいそこは?
新造かぁ~?、年増かぁ~?なんだ?。
は~?へ~?、は、は、はぁ~~?」
(土手の上と下のやり取りになる。下の釣り師は竿を構える。
複数の演出。)
A「なんです?あれ。」
(上を見上げて、隣を見る。)
B「え?」
A「あれ。」
B「なんです、あれ。」
A「わかりませんよー!。」
八「ごめんよ~~!あいだ行くよぉ~!
(土手を降りてくる。)
(唄)
ちゃちゃ~ん、ちゃかちゃ、ちゃらちゃ。
ちゃちゃちゃ、ちゃぁんちゃ、ちゃちゃちゃ、ちゃぁんちゃ、
どいつ(て)くれ、どいつくれ、どいつくれ~!。
後からきて先ぃ釣っちゃうんだ。驚くなぁ~!。
(八五郎、唄、とともに、竿を回しながら巻き付いた糸を
外す仕草。)
あたしゃぁ、年増がぁ、えぇえ、いんですぅ~、う~~~
よ~~~~へぇ~へぇ~へぇ~~~~。」
A「たいへんな人がきちゃったぃ。
釣りをしてんだか、湯へ入(へぇ)ってるんだかわかんねー。
(八五郎、糸を川へ投げる仕草。)
八「え、っこしょ(どっこいしょ)っつくらぁ~。
あ~~う~~、、、、」
A「唸ってるよ、おい。
えさぁ付けないよ、あの人。
あーた、どーでもいいですけど、えさーついてないですが。」
八「大きな、お世話だ。
こうやっつぅ(て)るうちに、鐘がボンっつくらぁ~
(唄、サイサイ節の節)
鐘が ボンと鳴ぁ~ぁりゃ 上げ潮ぉ南さぁ~ぇ
烏が ぱっと出ぇ~て こりゃさのさ えぇ~
骨があ~~る さ~いさい
ちゃちゃかちゃぁ~ん」
A「弱ったなぁ~!
上げっ端でそんなにやって、、」
八「なにぉ?
魚がどっか行っちまう?
べらんめい、魚に耳?、耳がある?
ほ~、見すつ(せて)くれ。
初耳だ。魚の耳を見せろぃ!。
(再び唄、サイサイ節)
そのまた骨にとさぁ~ 酒をば掛けりゃさ~
烏がパッと出ぇ~て こりゃさのさぁ~
骨が べべぇ~着て こりゃさのさ えぇ~
礼にくぅるさ~いさい
ちゃ、ちゃか、ちゃん、ちゃん
(構えた竿を上下し、前の水面をバシャバシャ叩く仕草。)
A「そー、かき回っしちゃちゃ。」
八「かき回しちゃ、、?
かき回すってなぁ、こうやるんだ。」
(竿を逆手に持って、文字通りぐるぐるとかき回す。)
つづく