引き続き、文楽師「つるつる」。
(大声)
八 「それなんです!。」
旦 「なんだい?!、大きな声で。」
八 「その、小梅なるものがね、あたくしの女房になる。
いーえ、ほんと。
あたくしはね、お恥ずかしい話ですがね、四年半岡惚れをしている。
この家に弟子に来る途端に、あたくしは惚れてるんだ。
いつかは、一度はと思ったんだ。
今日はだぁれもいないから、あたってみた。」
一八は説明する。
八 「チンチーン、と鳴ると、ツー、っと。
そいうわけなんで、一つ、手前、お暇をいただかせて、、」
旦 「よし!。わかった。いいよ!。
お前(めえ)のめでたいこと邪魔したってしょーがねえ。
あー、いいとも、いいとも。
じゃ、十二時まで付き合え。な。十二時になったら、暇やろう
じゃねーか。」
八 「あ、なるほど~~。いろいろ手があるもんですね。
それがね、今あなた、そう仰るんだ。さて十二時になって、大将
時間がまいりましたから、お暇をいただきたい、ってこう申し上げる
でしょ。するとあーたがねぇ、素面(しらふ)の時ならいいんだ。
一杯召し上がってると、あーたは、あーたてぇものは、そういかない
んだ。(中略)」
旦 「わかったよ。お前(めえ)いい芸人だな。
いー、幇間になったな。
(大声で)
手前(てめえ)はなにか?、客を断って小梅んとこへ今夜、、、!」
八 「あんた、なんてぇことをいうんですよ。言っていいことと、、、」
旦 「そーじゃねぇ-か。手前(てめえ)はなにかぁ~~?!、、」
八 「なんてぇ方です、あなたは。あたし、あなたが憎いよ。
おできの上を針で突(つつ)くようなことするね。
まいりますよ。まいりますけどね、大将、断っておきますよ。
時間がきて、お暇を頂く時、やな顔したり、おこったりしちゃ
いけませんよ~!。」
旦 「だいじょぶだよ!、早くしろぃ!。」
八 「へい、只今!。」
「ブー」
(自動車の音。これを口で文楽師は演るのである。珍しい。
他の人は聞いたことがない。以前はおそらくいたのであろうが。
吉原から柳橋まで車で移動というわけである。)
八 「へい!。先夜(せんや)はどうも。一八でございます。
“ひーさん”をお連れ申しました。」
A 「いらっしゃいまし。」
B 「いらっしゃいまし。」
C 「どーぞ、おあがりくださいまし。」
D 「いらっしゃいまし。」
E 「いらっしゃいまし。」
八 「お座敷は?あ、竹の間!?
はい。
大将、竹の間でございます。
只今、ご案内申し上げます。
手前ちょっと下へ、ご挨拶。
すぐお二階へうかがいますから。へい!。
あ、どーも、女将。ご機嫌よろしゅう。
お変りもございませんで。相変わらず太ってらっしますなぁ。
お暑いでしょ?。
あーたがね、この、お帳場にね、いらっしゃらないと形が付かない。
妙なもんですね。
大将は?、レキは?(親指を出す仕草)。
え?競馬ですか?。
お好きですねぇ。こないだねぇ、大きな穴を取ったって、
うかがいました。お宅の馬が出たって。おめでとう存じます。
やりますねー。大将はちっともじっとしてない。マメだよ大将は。
玉は突く。麻雀はする。ゴルフはする。釣りはする。
あたくしは、釣りぐらいはやりますがね。いやいや、あれは色が黒く
なるからね。
おや!。嬢ちゃん~。
おぶー(湯)からあがって、おけいけい(化粧)ができて。
お髪(ぐし)がいいから、お可愛いなー。
坊ちゃん!。
なにか持ってますねー?。大きな刀を差して。
どなたに買っていただいたの?、お父さんに?。
えー?、一八を切る~?
あ、は、は、は、こわいね~。
おや、お花姐さん。こんばんは。“ひーさん”をお連れ申しました。
なにをなすってるんで?布団の綿を取り換えてるんですね。
ははー、おそれいった。実にどうも、あーたがそんなことを
なさらなくてもいいんだ。お針子さんってもんがいるんだから。
それを先だちになってあーたが布団の綿を取り換える。あーたのお偉い
ところ。たいへんに、銀行の方に貯金の方が、、なんでも人の噂では、
なんでも通い帳に、ナナ、レイ、レイ、レイ、レイ、レイ、、、って、
なんかんなってるんだ、、、、
おや!、金ちゃん!。
“ひーさん”、お連れ申しました。
腕前を見せてね。おいしいものを食べさせて下さいね。
お客が褒めてますよ!。大きい声では言えませんが、あーたがいるんで、
ここの家は繁盛するんだって。いや、まったく!。いい腕だって。
おや。かわいいーーーー猫ですな!。こんちは!。
猫にまであいさつしてやがる。
A 「へい~~~~~~~~~~~。
ちょいと、一八っつあん!。“ひーさん”お呼びだわよ。」
八 「はい!。
へい、大将。どうも、遅くなりました。
繰り込んできますよ!、いつもの連中が。きれいどころが、、、
いえ、ほんとに、まったく、、、、え、へ、へ・・・・・
只今、なん時になりましたかね?」
旦 「今来たばかりじゃねえか。」
八 「手前、気になる。」
旦 「気になるって、お前、時計持ってるじゃないか。」
八 「時計?(懐中時計の鎖をさぐる仕草)
これねー、大将、時計と見せて、先に天保銭が付いてるんで、
一八っつあん今なん時?、今八厘、って。」
旦 「馬鹿だね、こいつは。」
芸1「先夜はどーも。」
芸2「“ひーさん”先夜はどーも。」
芸3「“ひーさん”先夜はどーも。」
八「さーずっと、前いらっしゃい!。
大将、繰り込んできましたよ~!。どーです、おきれいですねぇ。
(芸者に)
大将、今日(こんち)はねえ、たいへんご機嫌いいんですよ。
(旦那に)
ねー、そーですよね、大将!ご機嫌いいんですよね。」
旦「一八!。お前、働くなよ。威張(えば)ってろ、手前(てめえ)、
客にしてやるから。」
八「ありがとう、存じます。
(芸者に)
皆さん!、お聞きの通り。今日、あたくし、お客ですよ~~!。
威張ってますよ!、働きませんよ!、皆に用、言い付けたりして。
(旦那に)
へ、へ、どいうことになります?。」
旦「そー、だな。なんかして、遊(あす)びてぇなぁ。」
八「は、は。そーですなぁ~~~、は、は、は、、、、、
只今ぁ~~~~、なん時になりますぅ~?」
旦「うるせーな!こいつは。今来たばかりだよ。」
つづく