浅草在住、断腸亭錠志の断腸亭料理日記はてな版です。(内容は本店と同じです。)

断腸亭料理日記本店



断腸亭落語案内 その29 桂文楽 鰻の幇間

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引き続き、文楽師「鰻の幇間」。

お客に逃げられてしまったことが判明し、手銭、自腹が確定
している。

ここまでもおもしろいのだが、さらにここからが聞き所である。
文楽師の一人語り。
鰻やのお姐さんにクドクドと、悪態をつく。

・・・
君、お燗を直しとくれ、お燗を。
こんなぬるい酒てな、ないよ。
水っぽいってな、ねーや。
呑んでるそばから、頭へピン。アタピンじゃねーか。

徳利の縁(ふち)が欠けてるよ。どーでもいいが。

鰻やの徳利なんて、無地にしてもらいてぇや。
柄(ガラ)が描いてあらぁ。絵もいいや、山水かなんか描いてありゃ。
この絵をご覧。恵比寿様と大黒様が相撲を取ってら。
こんな徳利から酒が出るかと思うと、君、うまくねえや。

猪口をご覧よ。君、言いたかないけど、そうでしょ。
君、客が二人(ふたぁり)だよ。猪口が一つ違ってるのが
おかしいでしょ。

それもいいや、こっちに伊万里があって、こっちに九谷がある
ってなぁ乙なもんだ。

この猪口をご覧。中の字を。金文字で三河屋としてあらぁ。
酒屋から貰ったんだろう。

こっちの猪口が勘弁ならねえ。
丸に天の字があらぁ。天ぷらやから貰ったんだろう。
天ぷらやから貰った猪口を、君、鰻やで使って、君、よろこんで。
頭が働かなすぎらぁ。

この新香(しんこ)を見ねぇ。鰻やの新香なんて乙に食わせるもんだ。
このワタだくさんのキュウリ。キリギリスだってこんなもなぁ
食わねえ。また奈良漬けをこう薄く切ったねぇ。こう薄く切れる
もんじゃないよ、君。(中略)

鰻を見ねえ、鰻を。
ついでだから言うがね、さっきは客の前だからお世辞に口入れて
トロっと、っていったが、トロっとくるかいこれが。
三年入れたって溶けやしねえ。パリパリしてらぁ。
(中略)

払うんだよ!。グズグズ言ったって、払うんだよ。

きったねえ家だねー。
この家の色てぇな、ないね。佃煮だ、まるで。

床の間をご覧、床の間を。床の間の掛物をご覧よ。

「応挙(丸山応挙)の虎」!。

偽物(ぎぶつ)です~?。あたり前ですよ。こんなとこに
本物掛けるわけねーじゃねーか。

第一、丑寅(うしとら)の者は鰻を食わないてぇくらいのものだ。

(丑年と寅年の者は鰻を食ってはいけないという俗信があった。
丑年と寅年の守護は虚空蔵菩薩で、鰻は虚空蔵菩薩のお使い姫
であることから。)

虎の掛物を掛けて、鰻やで、君、よろこんで、、。
君、勘定はいくらだ、払うから。君。

姐「ありがとう存じます。九円七十五銭頂戴いたします。」

(大正期、円本、円タクというのがあった。円本は一冊一円の
均一価格の本。円タクは東京市内、一円の均一料金のタクシー。
これから考えると、一円は現在の5千円~1万円の間か。)(養殖のない
時代の鰻の値段である。ここ数年の値が上がった今の感覚よりも
さらに高めのようである。)

君、しっかりしとくれよ。わからないかよ。じれってぇな。
ものにはねぇ、上中下、順ってのがあるんだよ。
なんだよ。このセコなる鰻が二人前でしょ。酒に新香。
いくらだい?九円七十五銭?。

高いよ、君、高いよ。
ぼり過ぎだよ。高いよ君、高い!。

姐「でもお供さんが三人前、おみやげに持ってらっしゃいました。」

へ!?。

みやげに持ってったのかい?。

へ!。

よく手が回りやがったねぇ。
みやげとは気が付かなったなぁ。
敵ながら天晴れな奴だねぇ。

よーし!。よろしい。
覚悟をしちゃったよ。あたしゃ。

こういうこともあるだろうと思うから、ここへ十円札
縫い付けておいたんだ。
取っときの十円をここで出そうとは思わなかった。
人はどこで、どういう災難に出くわすかわからねえ。

(おそらく襟に縫い付けてあった。これを取り出す仕草か。)

へい。十円。
この十円だって、あたしが稼いだお足じゃない。
あたしが家を勘当になる時にねぇ、弟が後から追っかけてきて
きたんだ。兄(あに)さん、あーたは親に逆らって芸人になる。
これから弟がそばについていられませんから、ってせめてこれを
弟だと思って、なんかの時の足しにして下さいって、この十円
くれたんだ。この十円だってしばらく私の懐にいたんだ。今この
十円と別れたら今度いつまた会えるかわかりゃしない。見ねえこの
十円の影の薄いこと。

楊枝をくれ。楊枝をくれってんだよ。

おつりになります?。
今更、二十五銭おつり貰ったって、しょうーがないでしょ。
君にあげます。
いろいろ厄介になったから!。
じれってぇな。
またいらっしゃい!?。
誰がこんなとこ、くる奴があるか。
ぶざけちゃいけねえ。

おいおい、寝ぼけちゃいけない。
下足(げそ)だよ、下足、履きもんだ。

姐「そこに出ております。」

君、なんて口のききようすんだ。僕は客だよ。
出てないよ、君!。

姐「ここに出てるじゃございませんか。」

おい!、この下駄かい?!
冗談いっちゃぁいけない。芸人だ、こんな小汚い下駄履くかい。
今朝買った五円の下駄だ。

姐「あ、は、は。あれはお供さんが履いてまいりました。」


これで下げ。

 

つづく