浅草在住、断腸亭錠志の断腸亭料理日記はてな版です。(内容は本店と同じです。)

断腸亭料理日記本店



断腸亭落語案内 その9 三遊亭円生 松葉屋瀬川

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引き続き円生師の「松葉屋瀬川」。

古河の穀や[下総屋]の若旦那、善次郎。あまりにも硬く本ばかり
読んで、大旦那は商売上もよろしくないと、江戸の店に出す。
番頭に五十両や百両の金は送るから、吉原にでも連れて行ってくれ、
という指令を出すが、番頭ではやりこめられてしまいとてもだめ。
幇間の崋山が番頭から頼まれ、儒者という触れ込みで若旦那に会いに
くるようになる。花の会と称して、吉原の同じく幇間の吾朝の家に
連れてくる。花魁が現れ、見事に花を生け、若旦那にニコッと笑いかけ、
出ていく。

若旦那はさながら、ものに憑かれたように、ジーっと視ていましたが、
「実にどうも、美しい方ですねぇ~」
「あれは、松葉屋の瀬川という一両一分の花魁でげす」と崋山は話す。

当年とって十八歳、[松葉屋]では代々瀬川という花魁はできるが、
当代はまた、たち優っている、と。

そこへ、使いのものがきて、若旦那へといって、なにかお使い物
を置いていく。
[たけむら]の三重の折。

崋山は「使いの者に、祝儀を渡しましょう、一分もやればよいでしょう。」

「貰いっぱなし、というわけにもいきません」と崋山。
「いかがいたしましょう。なにか、返しをいたさねば。」
若旦那が、「なにをすれば」と聞くと。
「左様、これは五両はおつかわしにならねば、ならんな。」

若旦那は高額に驚く。
「それは、あなたは[下総屋]の若旦那、相手は売り物買い物の花魁、
そのくらいはいる」と。

若旦那は思案し「先生、ああいう花魁は一晩買うとなると
どのくらい?」と聞くと「初回、馴染みをつけて六両あればよろしい
でげしょう」と。

であれば「ただ五両やるよりも、一両足して遊んだ方がそろばんに
合いますな」と若旦那。
「左様、つまらぬものを買うよりは、ああいう花魁を一度でも買えば
後世に話しの種になるというもの。いや、決して手前はお勧めはしな
いが、、。」

「実は先生、親父の方から、五十両や百両の金は送ってやる、といって
おりまして、先生、お取り計らいをお願いできませんでしょうか」と
若旦那。

と、いうことで、思う壺。
もちろん、前々からの筋書き通り。

幇間の家から、まさか送り込むというわけにもいかないので[ますみなと]
という茶屋へあがり、幇間は吾朝(ごちょう)、芸者を二組ほど揚げて、
あっさり騒いで[松葉屋]に送り込む。

[松葉屋]のような大見世では直接見世にいけない。吉原の真ん中の
仲之町の通りの両側に多くあった、引手茶屋というところを通す
のである。歌舞伎でよく吉原の風景が出てくるのは、この仲之町の
引手茶屋が並んでいるところである。

芝居や映画に出てくる花魁道中というのは、この引手茶屋に花魁が
客を迎えにくるというのを、セレモニー化したものである。
ともあれ、引手茶屋を通すというのも客に金を使わせる仕組みと
いえよう。

「本当はこういういい花魁というのは初回のお床入りというのは、
なかったんだそうで」と円生師は説明をする。むろん、吾朝から
手をまわしてあったので、目出度くお床入り。
「崋山は、まさか大籬(おおまがき)の二階に寝るわけにいか
ないので吾朝の家に引き上げてくる」。

大籬というのは、大見世、高級店のことだが、その古い言い方。
ちょっと格式ばった使い方である。
崋山は幇間なので、大籬の客にはなれないという意味である。
これも約束事といってよいのであろう。大籬の格として芸人に加え
職人なども客にはしない、という建前であったというのも、別の噺に
出てくる。(これは「お若伊之助」円生師)

朝になり、崋山は[松葉屋]に迎えに行く。

部屋へ行くと「子供などはもう起きていまして」と禿(かむろ)が
出てくる。

禿というのは、十歳程度、店にきたての女の子。花魁の部屋付き
になり、行儀作法その他を花魁から学びながら成長する。

呼んでもらうと、瀬川花魁が出てくる。

「鬢(びん)のおくれは枕の咎(とが)よ、という風情」と
円生師は描写する。

鬢は耳際。耳際に残って垂れた短い毛が、鬢のおくれ毛。
ある種、定型化された描写であろう。

鬢のおくれ毛というのは、むろん和装の髪での表現だが、
今も女性の纏め髪の場合、色っぽいものである。
しかし、こういう女性の髪の有様を描写する、ということは以前は
あたり前であったが、なくなってしまった。

この寝起きの瀬川のまた美しいこと。
それにその品格のあること。

「若旦那は、まだ眠いといってようやすんでいなます」、と。

それでも起こして、

「私も引け(12時)すぎには休みましたが、そうたいして、眠いことも
ありませんが」「でも、花魁がもう少し起きて、話しをしてくれろ
と、無暗に苦いお茶を飲ませまして、今朝方になってやっと寝ました」

これは、おそれいりました。

若旦那は花魁から、既に崋山が儒者などではなく、幇間であることも
聞いており、今日はもう帰らない、と言い出す。

まさか、それはそれで崋山も困る。ま、ま、とにかく今日だけは、と
無理やり引っ張って帰る。

これから善次郎は夢中になって通い始める。
半年経たないうちに、なんと八百両という金をつかった。
ざっくり一両、十万円として、八千万円になるか。

少し、薬が効きすぎた。
今度は、意見をするがどうしても聞かない。
勘当。
親類縁者も寄せ付けない。

もう身でも投げようかと、永代橋でぼんやり腕組みをしている。

と、ここに、いい塩梅に昔、店で使っていた忠蔵という男が
通りかかる。

忠蔵は人物はよいのだが、若い時というのは、しくじりのあるもの。
店の中働きのおかつという女といい仲になり、手に手を取って逃げた。
昔は、奉公人同士の関係というのは、たいへんやかましかった、
んだそうで。
お店(たな)もので、手に職があるわけでもない。麻布谷町に住んで、
紙屑買い(屑や)をしている。

麻布谷町というのは、前に出てきた下谷山崎町、四谷鮫河(さめが)橋
などと並んで、落語によく登場する貧民街といわれていたところ。
麻布谷町は今は六本木一丁目、二丁目の谷筋。一丁目側にアーク
ヒルズがある、かなり狭い範囲だが、あのあたり。

 

つづく