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須田努著「三遊亭円朝と民衆世界」~断腸亭考察 その36

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須田先生の「三遊亭円朝と民衆世界」から江戸(東京)落語と
「悪党の世紀」について私の考えたことを書いてきた。

江戸(東京)落語が「悪党の世紀」を経たことによって、
人間をより深く考えるものになったのではないか、という仮説
で、ある。

東京の今の落語界のことを最後に書こうと思ったが、一つだけ。

落語はわかったが、他の媒体、歌舞伎はどうかも書いておく。

同じような民衆の演劇であった、歌舞伎もそうなのでは、ないか、
という疑問も出てくるかもしれぬ。
黙阿弥作品、書いているように「三人吉三」「白波五人男」などの
一連の白波物は円朝作品同様に、「悪党の世紀」の影響が多分に
あるように考えてよいだろう。
歌舞伎評者がいう「世紀末だから」なんというテキトウな論は、
嘘っぱち、であることはおわかりであろう。幕末の「悪党の世紀」、
治安、人気(じんき)の悪化である。

登場する白波といっている者どもは「悪党」そのもので、物語の
結末も、自害、刺し違えて死ぬといった、自ら浄化、あるいはお縄に
なって勧善懲悪の形で終わっている。
円朝の「真景累ヶ淵」「怪談牡丹灯籠」と同様といってよいだろう。

ただ歌舞伎というものは幕末以前からの歴史があり、元々演目が
多彩である。
忠臣蔵」であったり浄瑠璃から移されたもの他もろもろ。
当時の新作である黙阿弥作品はたくさん作られ、人気もあって
上演される一方で「悪党の世紀」を経ても、別段変わらないで
上演される芝居はあったのである。

もう一つ。歌舞伎というのは、民衆といっても、職人レベルでは
そうそう頻繁には観にはいけない木戸銭であったのである。
最下層の食うや食わずの人々はましておや。だから、円朝
演ったように芝居噺、道具や背景を設けた噺を演り、寄席には
これるが、芝居には行けない人々の人気を得たのである。
歌舞伎の観客はそこそこ恵まれた人々で、限界状況にいた人々
ではない、ということである。
ここが落語との違いであろう。「悪党の世紀」の影響は歌舞伎には
限定的であったと考えてよいだろう。

そんなことで歌舞伎にではなく、江戸(東京)の落語は濃く
「悪党の世紀」の影響を受け、現代に受け継がれている、と。

さてさて、今の東京の落語について、で、あった。

昭和の三名人志ん生、円生、文楽が亡くなり、志ん朝、小さん、
そして談志も亡くなった。
私も、談志以降はほとんど寄席にも落語会にも行かなくなった。

それはそうであろう。
街並みにしても、人びとの生活にしても昭和30年代までは長屋があり、
東京にも江戸(的なもの、それを落語の世界というのか)が残っていた。
(その終わりに私も生まれ、物心がついた時にはなくなっていた
わけであるが。)
当時までに育っていた談志世代より上はリアルに語ることができた。

落語というのは、再現芸術であり、名人の音が残っていれば、下手な
今の落語家の噺を聞くよりもずっとよいのはいうまでもない。
これは致し方のないことである。

小谷野敦氏の「21世紀の落語入門」(幻冬舎新書 2012)というのを読んだ。

東大博士、比較文学者、小説も書かれている。1962年、常総市の生まれで、
私の一つ上。同世代である。
文学、文化学系の研究者といってよいのか。毎度引かせていただいている
今落語研究の第一人者の一人といってよい延広真治先生の東大での教え子
でもあられたよう。ただ、とってもクセの強い論者。同世代だからか、
落語との環境的な関わり方はかなり近い。談志ファンというのも同じ。
大阪にも住まわれていたことがあるようで、上方落語にも詳しいが、
ここは私はまったく不足している部分。
もちろん、ずっとずっと頭のよい方で専門家でもあり当然ずっとずっと
幅広い知識をお持ち。(欧米系文学、歴史も私はかなり手薄。)
「日本売春史」(新潮選書 2007)なんというのも書かれており、私の
興味上読もうと思い、買ってみたのだが、重すぎて読めていなかった。

その小谷野氏も「寄席はいかずともよい」と書かれており、意を強くした。

よく、落語は生がよい、という話しが出てくる。
言っている人の気持ちはわからなくはない。しかし、小谷野先生も
書かれているが、文学でも音楽でも、出版社やレコード会社、メディアは
新しいものが出てきて、それを売るのが商売である。ついでだが、ラーメンや
など、食い物やも然り。新しいもの、取り組みがすべて、過去の名作、老舗を
越えているわけがない。これ、私の前からの持論でもある。生半可な創作料理
よりも、こなれた普通に作られたかつ丼の方が本当は断然うまい。新しいもの
は、話題なので目先が変わりうまいように感じているだけ。錯覚である。
(まあ、それはそれでわかっていれば、よいのだが。)

純文学にしてもクラシック音楽にしても、話題を作り売らねばならない。
クラシックでは美人バイオリニスト、ピアニストを全面に立てて人気を
得ようと頑張っている、と。また、評者、評論家という人はそれで
食っているので、同じ穴の狢(むじな)。歌舞伎評者は、わるく書くと
大手紙では載せてもらえず、なにより松竹が文句をいうので書けない
との小谷野先生の言葉である。ネットでも一般のファンまでわるく
書かない傾向になっているのは驚くべきことであろう。(情報の少ない
一般人であるから、なおさらかもしれぬ。)
しっかし、少し前までは、食い物にしてもなんにしても、メディアは
そんな提灯持ちばかりではなかったように思うのだが、いつからで
あろうか。

とにもかくにも、皆さん、こうなったら自分の目や耳、頭、舌だけを
信用しようではないか。(私もこれから少し書く姿勢を変えようかしら。?)

別段、鈴本や浅草演芸ホールに行くことは止めない。
拙亭から自転車に乗れば10分かからずどちらにも行けるが、私は行かない。
いや前を通りかかれば演者の名前を見ることは見るが入らない。
はっきりいえば、おもしろい、上手いという落語にはおそらく、十中八九、
出会えなかろう。小谷野先生も書かれているが名が知られていないが隠れて
寄席で上手い人がいる、ということはまあ、ない。それなりなのである。
下手でも人気がなくとも真打になれて寄席には出演られるのである。
(結局レベルの問題である。)
経験として、寄席とはどんなものか行ってみる程度の価値はあろう。

例えば「渋谷落語」など他の主催者のある落語会となると多少違うかも
しれぬ。主催者のフィルターがかかっており、話題性といくばくかの
クオリティーは保証してくれているのだと思う。

落語というのは、私もそうであったが、勉強が必要なのである。
歌舞伎ほどではないが、古典芸能である。独特の言葉や約束事があり
それを覚えないと意味すらわからない。それに慣れる意味で、私は寄席に
通った時期もある。
TVは少ないが、ネットには今の人、過去の名人の音が転がっている。
著作権上推奨されることではなかろうが、試しに、聞くことはできる。
気に入ったら、是非、買ってもらいたい。むろん私は今の落語家の
ものも買う。(今回も円朝関係はCDをちゃんと買っている。あたり前
であるが。)
そして、今の人であればその人の出る落語会、あるいは寄席でもよい、
探していけばよい。

この文章を書いているのは、やはり江戸(東京)落語というものが
素晴らしいものであることを伝えたいからに他ならない。
私の故郷、東京の伝統芸能でもある。
時代が変わっても、守り育てなくてはならないことはいうまでもない。

だが、やはり談志師匠亡き後、東京の落語界が変わっていくのは
もはやどうしようもないことだとも思っている。
先に書いた、江戸“的”な落語の世界が東京人の生活にあった頃
までに生まれ育った落語家がいなくなった、というのが理由である。

 

 

もう少し、つづく

 

 

 


須田努著「三遊亭円朝と民衆世界」より