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須田努著「三遊亭円朝と民衆世界」その16

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引き続き三遊亭円朝作「怪談牡丹灯籠」その2「お札はがし」。

新三郎が死んで葬られた。

こういう話はすぐに広まるもので、気味がわるいので
近所の者もいなくなり、白翁堂勇斎(はくおうどうゆうさい)も
神田の方に越していく。

伴蔵とおみね。
ほとぼりも冷めたか、と、伴蔵の生まれ故郷である、
栗橋宿へ。

ここまでが「お札はがし」。

その3「おみね殺し」
栗橋というのは、埼玉県北部久喜市栗橋。
JRは宇都宮線
奥州日光街道の江戸から七つ目の宿場町。
利根川を渡る宿である。

伴蔵とおみねは幽霊からせしめた百両で栗橋で関口屋という
荒物屋を始める。二人は一所懸命に働く。
これが当たり、6人の使用人を使うようになる繁盛。

こうなると、伴蔵は贅沢を始め、笹屋という栗橋では名の知れた
料理やにも出入りするようになる。
ここに酌に出ている女に伴蔵は惚れる。江戸者でいい器量。
これが実は、宮野辺源次郎と逃げたお国であった。
源次郎は飯島平左衛門に槍で突かれた傷があり、これがもとで
歩けなくなり、金もなくなりここに留まらざるを得なくなったのである。
伴蔵は金はある。お国はこれを目当てに、いつか二人は妙な仲になった。

これがおみねの知るところとなり、伴蔵を問い詰め、喧嘩になる。
腹立ちまぎれにおみねは江戸での一件を言いふらすという。
これはたまらないと、伴蔵は利根川の土手下でおみねを惨殺する。

円朝師の速記では
「おみねは息が絶えましたが、どうしてもしがみついた手を放しませんから
 脇差にて一本一本指を切り落とし、ようやく刀をぬぐい…」
とかなり無残な場面を描いているが、円生師(6代目)はこの指を切り落とす
件(くだり)は描いていない。
これはポイントであろう。あまりにも無残で時代が経つと省かれていった
ものだと思われる。後に述べるが、須田先生の研究の主題、幕末の「悪党の
時代」というのはこういうものであった、と考えられるのである。

その4「関口屋強請」
伴蔵は家に戻り、追剥ぎにあっておみねがどうなったか、わからぬという。
5~6人で行ってみるとおみねの無残な姿があった。
伴蔵は素知らぬ顔をし、ワーワー泣く。役人の検死も受け、
弔いもすませる。

初七日をすぎた頃、女中のおまきというものが寒気がするといって
ガタガタと震え始める。布団に寝かせたがしばらくすると起き上がり、
「お前は幽霊から百両を取って、萩原様を殺し、海音如来のお像を
盗んだ」とうわ言を言い始める。さては殺したおみねが取り付いたか。

幸手に医者を呼びにやる。幸手宿の医者は生憎、日光へ往診中
というのでたまたま宿に居合わせた、江戸からきた医者がいたので
きてもらったという。
これが、あの山本志丈(しじょう)。
死んだ萩原新三郎と知り合いでよく訪れていたので、そこの使用人で
あった伴蔵とはむろん顔馴染み。

志丈は「伴蔵さん、たいした出世ぶりでげすな~」などといい、
自らは「ちょいと、江戸でしくじりがありましてね~、日光に知るべが
あって、きた」という。おみねが殺されたという話もして、病人を診る。
すると、ピョコンと病人は布団の上に座って、

「山本志丈さん」と名前を呼ぶ。もちろん初めて会ったはず。
「私は、伴蔵さんに右の肩からあばらへかけて切られました。
 その時の痛さというものは、、」
「、、萩原様が幽霊に取っつかれて、新幡随院の和尚から幽霊の入れない
 ようお札を方々に貼りましたのを、伴蔵さんが幽霊から百両の金を
 もらって、そのお札をはがして、、、」
「そればかりではありません。海音如来という金無垢のお像を盗んで
 その上、萩原様を殺した、、、」

「その百両で商売も始めたこと、伴蔵が女をこしらえて、私が邪魔になって
 私を殺した」と。

山本志丈はなんとなく気が付くが、この女は宿元(やどもと)へ下げなさい。
(宿元というのは奉公人の身元保証をして奉公先を斡旋する家。)
この家を出ればこんなことはいわなくなるから、と。

なるほど、家を出ると正気に戻る。
安心をしていると、今度は番頭がうわ言を言い始める。
、、、順に順に暇を出して、6人の奉公人がみんないなくなる。
山本志丈と、伴蔵と二人になって、山本志丈は伴蔵を強請る。

伴蔵は本当のことを語る。すべて伴蔵が拵えたこと。

「幽霊から百両を取ったというのは、手引きをするものがあって、
 あっしが百両の仕事をした。(ここ曖昧なのだが、おそらく
 これは別口という理解でよいのであろう。)海音如来の像は
 根津清水谷の花壇に埋めてある。
 萩原のあばらを蹴折って殺して、新幡随院の墓地から骸骨を
 掘り出して、床の中に並べて、不思議な死に方をしたように
 見せかけた。噂の類も皆、あっしが流した、、、」

これで怪談、怪異はまったくなくなってしまった、と須田先生はいう。
ただ、おみねが乗り移って下女に秘密を喋らせたというのは、怪異
として残ると思うのだが。

また、この伴蔵の種明かし告白は明治になってから、文明開化に
幽霊という迷信をふさわしくないと円朝が改作したという理解が、
今までの芸能・文学論ではされていきたというが、それに須田先生は
疑問を呈している。はたして、どちらなのか。

ともあれ。

栗橋にきて商売はうまくいったが、おみねが邪魔になり、殺して、
追剥ぎに殺されたことにした、というのも志丈に正直に話し、25両の
口止め料を渡す。
志丈は、伴蔵を、世の中に「悪党」ぶるというのはよくいるが、
お前さんは本当の「悪党」だ、たいしたもんだ、偉い、と妙に
ほめそやす。

さて、このあと、お国源次郎から源次郎の足が治ったので
越後へ旅を続けたいがその旅の費用を出してもらいたいというのを
ふざけるなといって、伴蔵が断る一件(ひとくだり)があって、
「関口屋ゆすり」はお仕舞。
ここまでで円生師(6代目)CDもお仕舞。

さて、ここからは円朝師速記から。

伴蔵は栗橋の家を売り払い、志丈とともに海音如来の像を
掘り出すために江戸へ向かう。

ここで、先に書いた幸助の物語と合体。

孝助が平左衛門の法事を終えたところに、血刀を下げた伴蔵が
暗闇の中、いきなり現れる。
この時、伴蔵は、海音如来の金無垢の像を志丈とともに掘り出したが
さらに志丈も殺した。
そこへ手が回り、伴蔵は捕手(とりて)に追われてきたところ。
孝助は取り押さえ、追ってきた捕手に伴蔵を引き渡す。
(なぜ捕まったのか詳細な経緯は描かれていない。)

孝助の物語の最後、飯島の家の再興がかなった「翌日伴蔵が
お仕置きになり、その捨て札(お仕置き後30日間その者の罪状など
を書いた高札を立てた。)を読んでみますと、不思議なことで、
飯島のお嬢様と萩原新三郎とくっついたところから、伴蔵の悪事を
働いたということがわかりましたから、孝助は主人のため娘のため
萩原新三郎のために濡れ仏(堂に入れず外に置いた仏像)を建立
いたしたという。これ新幡随院濡れ仏の縁起で、この物語も少しは
勧善懲悪の道を助くることもやと、かくながながと
お聞きに入れました。」

「怪談牡丹灯籠」円朝師速記はこれで終わっている。
(角川版「三遊亭円朝全集1」より)

 

 

つづく

 

 


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圓生百席(46)牡丹燈籠1~お霧と新三郎/牡丹灯篭2~御札はがし(芸談付き)

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須田努著「三遊亭円朝と民衆世界」より