浅草在住、断腸亭錠志の断腸亭料理日記はてな版です。(内容は本店と同じです。)

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磯田道史氏著作から「通史的思考」と「民衆の視点」その4 さらに岩

dancyotei2018-09-13


岩淵先生の「江戸ブームへの問題提起」について
見てきた。

江戸検定であるとか、日本橋ルネッサンス、その他、
私なども無関係ではない。
江戸というだけで、どうもヨサゲなイメージがある。
近世江戸を研究フィールドとされている専門家からは
詳細検討されないで江戸はよかったとする論が多くあって、
気を付けなけれ行けないという提言がされている
ということである。

過去のことであり、素人にはよい面しか伝わらない。
また、東京地元の人間であれば、なおさら負の側面は
見たくないのは当然のことではあるが。

「江戸趣味」あたりまではまあ、史実と違っていても
大問題である、ということもなかろう。しかし、
どちらにしても、現代の価値観を投影して、史実に
反して、美化し江戸が理想郷のような論調がそこそこの
専門家から出てくるのは問題ではあろう。

さて、そこで、である。

今書いた「江戸趣味」のことである。
大問題ではない、と書いたが、これも実は気をつけたい
のである。

着物を着て浅草の料亭で、扇を投げる遊びをするのが
流行っている!?。
どうもそういうことがある。

これは「江戸趣味」であろう。

実際の東京の芸者さんがどんなものであったかは
この際はどうでもよいのであろう。
江戸でもなく、実際の芸者遊びは明治大正、昭和初期であろうが、
そんなことはどうでもよいのである。
ある種のコスプレゲームというのか。

岩淵先生はこのあたりも研究されている。

『明治・大正期における「江戸」の商品化 三越百貨店の「元禄模様」と
「江戸趣味」創出をめぐって』(国立歴史民俗博物館研究報告
第197 集 2016年)という論文を読んでみた。
(この周辺のものは他の方々の研究も既にいくつかある。)

「江戸趣味」というのは商売になるのである。
事実、浅草の料亭がそういうイベントを催せば、
お客がくるのである。(だれか仕掛人がいるのであろう。)

岩淵先生のこの研究は、既にこうした「江戸趣味」の
商品化は明治大正期にかけて、出始めているというのである。
江戸時代に生きていた人々がいなくなった頃である。

三越やら白木屋高島屋は、元禄模様などといって、
新しい着物の柄を発表し、新橋やらのきれいどころの
芸者さんに着せて、今いうキャンペーンのようなことを
して、流行らせたという。この場合の新橋芸者というのは
映画すらない時代、今でいう、アイドル、モデルと
いった人にあたる。
当時は新橋や柳橋の芸者さんの売れっ子はブロマイドが
出ていたほどなのである。

ともあれ、商売のために手法として「江戸」を使った
ということなのである。

これが、ちょうど江戸に生きていた人々が、いなくなった頃に
始まっているのである。これもポイントであろう。
文句をいう人がいなくなった頃。実体験として江戸を知らない人々が
主流になった頃、ということになろうか。

その後もこうした「江戸」を持ち出した「江戸趣味」は
様々、商売に使われてきているという。戦後も同様で、
昨今の「江戸ブーム」もなん度目かのものといって
よいようである。

さて。

商売としての「江戸趣味」のことはわかったのだが、
ここで気になるたのは、単なる江戸“趣味”ではなく
「江戸」をどのようにとらえようとしていたのか、
ということ。

もちろん、三越やら百貨店は新しい着物(反物)が売れれば
よかったわけである。そこになんらか芸術性すらどうでもよく、
思想のようなものなどむしろ入ってほしくはないもの
であったろう。

三越であれば、当時「元禄会」なる諮問委員会のような
ものを催している。まあ、実際には後援のような格好で、
表には出たり出なかったり、文化人、学者のような人々を
寄り集めて話をさせているのである。

つまり、明治の終わりに近い頃「江戸」なり「元禄」なりを
テーマになんらか思うことを話してくれということではあるが、
本来は、なにか箔をつけたい程度の意図なのか、アプトプット
らしきものは特になく、その後、三越などとも離れ、この会は
自然消滅しているようである。

この論考には、この「元禄会」なるもので誰が江戸の
なにかについて、どんなことをいったのかについては
ある程度触れられているが、メインのテーマである
「江戸趣味」がどのように生まれたのか、から外れるからか、
体系的に深くは論じられていない。

つまり、明治も終わりに近い頃、ある程度の知識人で
江戸を知っている人、知らない人、いろいろな立場の人、が
(ファッションではなく)「江戸」をどのように見ていたのか、
ということである。

まあ、この領域に入ると「元禄会」だけではもちろんなく、
もっともっとこの時代の多くの分野、人々の史資料の検討を
しなくてはならなかろう。

実のところ私の興味もこのあたりにある。

単なる江戸の社会、風俗だけでなく、もう少し高次の
文化論というのか、芸術論というのか、そのあたりの
思想の検討というのか。

コレ伝わっているであろうか。

少しわかりやすい例を引こう。
例えば、永井荷風先生。
岩淵先生はこの論文でも荷風先生は少し触れられている。

永井荷風といえば江戸趣味!?。
「外国への滞在を経て「江戸趣味」へ傾倒していった永井荷風
あるいは「現実逃避」などとも(前掲・岩淵 2016年)と評している。
私もなん度も読んでいるが荷風先生の「日和下駄」

【復刻版】永井荷風全集第13巻 随筆・評論(一)―紅茶の後/雑草園(其一)/妾宅/大窪だより/日和下駄 (響林社文庫)

などでも、「江戸」への憧れ、東京の街から「江戸」がなくなっていく
ことへの強い惜別の思いが繰り返し綴られている。
荷風先生の「江戸趣味」が、現代において浅草の料亭で扇を投げて
遊んでいる人と同じとは思わぬが、まあ広くいうと「江戸趣味」
になるのであろう。

であれば、はかくいう私も「江戸趣味」であろう。
家には長火鉢があって、落語をする。
この「江戸趣味」がなんなのか。
私にとっては私そのもののような、、、。
とても一朝一夕に答えなど出せるはずもない。
ゆっくり考えよう。




この稿了