浅草在住、断腸亭錠志の断腸亭料理日記はてな版です。(内容は本店と同じです。)

断腸亭料理日記本店



おでん・新橋・お多幸

dancyotei2018-01-25

1月24日(水)夜


寒い。


むろん、もっと寒いところはあるのであろうが、
東京としてはそうとうに寒い。
日が落ちると、一桁前半。


こうなると、おでん。
そして、燗酒、で、ある。


おでんとなると、私にはしょうゆで色が付いた、
純東京風の[お多幸]で、ある。


日本橋をはじめ[お多幸]もなん軒かあるのだが、
ちょっと久しぶりに、新橋に行ってみようか。


同じ[お多幸]の屋号を名乗っているが
銀座八丁目、神田、新宿はグループで日本橋、新橋は
それぞれ独立しているようである。


新橋駅で途中下車をして烏森口を出る。
以前は銀座との境目の高速脇にあったが、
今は、烏森を出て、二本目の南北の通り(赤レンガ通り)、
これを左に曲がって少し行って、ビルの地下。


7時半前、到着。
紺の暖簾を分けて格子を開けて入る。
中に二人×二組ほど待っている。
ここまできて、他の選択肢はあり得なかろう。
列に着く。


見るとカウンターに一人ぐらいは座れそうだが、
やはり順番を守ることにしているのであろう。
ただ、おでんやである、回転は速そうである。


10分、15分ほどで座れた。
予想通り、カウンターの角の席。
おでん鍋の前。


お酒お燗を頼んで、すぐにおでん鍋の向こうの
ご主人(?)に頼む。


すじ、ちくわぶ、つみれ。
すじはもちろん、練り物の。
関西風の牛筋もあるので必ず確認される。


目の前なので、すぐ。



この色の黒いのが純東京風。
よく、おだし、なんというが、勘違いをしてはいけない!。
これは出汁ではない。しょうゆ、で、ある。
以前に旧銀座の店(今の日本橋の前身だと思われる)のレシピを
どこかで見たことがあるが、酒すら入れず、しょうゆ(と水)のみ
であったと思われる。しょうゆはむろん濃口。
もちろん、練り物やら様々な具材から味は出るが。


関西風のおでんは、鰹やら昆布やらから取った文字通り出汁で
煮込んであるものだが、純東京風はほぼしょうゆの煮〆(にしめ)。
私の家もそうであったが、東京の庶民の家庭の煮ものというのは
野菜でも魚でも出汁など取らなかった。入れても、せいぜい酒くらいで
ほぼしょうゆのみ。(むろん砂糖も、みりんすら入れない。
私の父親などはとにかく甘いのを嫌った。)
こういうものであったのである。
そう思えば、この真っ黒はなんら不思議はない。


そして、最初に頼むのは、もう長らくこの三品に決めている。
すじ、ちくわぶは東京オリジナルのおでん種である。
つみれは、好物なので。


この三品を最初に頼むと、お客さんは東京の人ですか
と聞かれることもあるくらい、で、ある。


燗酒はすぐにきた。[お多幸]はどこも菊正。
しょうゆの濃い味には辛口の菊正。燗酒にも相性がよい。


ここのつみれは、ゆずであろうか、ちょっと香りがよい。


次は、豆腐とがんも、それからねぎま
ねぎまは、ちょっと時間がかかります、とのこと。



がんもがうまい。
とてもしっかりしている。
豆腐はもう少ししょうゆが染みてもよいか。


ねぎまもきた。



焼鳥のネギマではなく、ねぎとマグロ。
かかっているのは、粉山椒。
それこそ、江戸の頃、まだまぐろが安かった頃、
脂っこいまぐろをねぎと共にしょうゆの鍋にしていたのが
元来のねぎま、である。おでんやにあるのはその名残、
と、いってよいか。


次は、ごぼう巻と里芋。



子供の頃は、さつま揚げ系統のものは
あまり好きではなかったが、最近やっと好むように
なってきた。


そして、里芋。
八頭(やつがしら)などの場合もあるが、元来の東京おでんには
欠かせない。志ん生師の落語「替り目」にもおでん種として登場する。
いわゆる里芋の煮っ転がしも然りだがしょうゆの濃い味を付けた
里芋は、うまい。
このようなしょうゆで煮〆た“煮込み”のおでんの前身である
味噌をつけて食べるおでん(田楽)も豆腐、こんにゃく、
に加えて里芋もよく食べられていた。これの名残ではないかと
考えている。


酒二本を呑んで、これで大方腹はよいのだが、貼り紙を
見つけて食べてみたくなったのが「半熟飯」なるもの。
玉子はおでんとして煮たものがあるのだが、この玉子を半熟に
したものを、茶飯にのせたのが半熟飯。魅力的である。


頼んでみた。



茶飯というのはなぜだか、東京のおでんやには昔から
置いているものであった。具もなにもない、しょうゆ味
(おでんのつゆ?)をちょっとつけただけのご飯。


日本橋の[お多幸]では茶飯におでんの豆腐をのせた

「とうめし」
というのが名物になっている。


そのバリエーションといってもよいかもしれぬが、
単に玉子をのせるのではなく、半熟にする、というのは
イデアである。B級としてもセンスがよい。


これは予想通り、うまい。


ここは客あしらいもよいのだが、こういうものを考え付く
というのは[お多幸]の中でも新橋はちょっと
違っているように思われる。


これで、勘定。


おでんやというもの、おでんだけ食べれば、
そうそう高くはつかない。



ご馳走様でした。


うまかった。


この寒さ、まだまだ待っている人はいる。


さっと呑んで、食べて、帰る、のがよろしかろう。






新橋・お多幸


港区新橋3-7-9 カワベビルB1
03-3503-6076