浅草在住、断腸亭錠志の断腸亭料理日記はてな版です。(内容は本店と同じです。)

断腸亭料理日記本店



里芋とねぎのふくめ煮 その1

11月7日(土)第一食


土曜日。



だいぶ寒くなってきた。



そろそろ燗酒の季節。



肴はなにがよかろう。


そう、秋は里芋の季節でもある。


里芋といえば、煮転ばし(がし)が一般的だが
ねぎとふくめ煮。


これは、池波レシピ。
鬼平に登場する。


場面は三ノ輪の一膳飯や。


ちょっとだけ引用させていただく。



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[どんぶり屋]では、酒を出さぬ。できるものは、いわゆる[定食]のみであり、


だまってすわると、盆にのせられた[定食]が運ばれてきて、食べ終われば


七文を盆に乗せ、出て来ればよい。


 すわった平蔵の前へ、盆が運ばれて来た。


 熱い飯に味噌汁。里芋と葱のふくめ煮と、大根の切漬がついている。


 「ふうむ……」 


 平蔵は、里芋を口にし、感心をした。


 里芋と葱とは不思議に合うもので、煮ふくめた里芋に葱の甘味がとけこみ、


なんともいえずにうまい。なかなかに神経をつかって煮炊きをしている。



池波正太郎著 鬼平犯科帳11巻 文春文庫 土蜘蛛の金五郎 より


鬼平犯科帳(十一)



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なん度も作っているが、うまいもんである。



この「どんぶり屋」では酒を出さぬというが、
燗酒にあうことおびただしい。


ハナマサに買いに出る。


里芋、6個で300円程度。


今、里芋というのは、こんな値段である。


じゃがいもなどと比べても、高いとは思われまいか。
昔からこんな感じであったろうか。


個人的な感覚としても里芋を食べる機会というのは
明らかに少なくなっている。
里芋の煮転がしよりも、肉じゃがの方が、多かろう。


うちの内儀(かみ)さんは北海道の出身だからだと思うが
芋といえば、いうまでもなくじゃがいものことを指し
正月の雑煮用以外に、里芋を買ってくることはない。


食べる人も減り、生産量も減っているのでは
なかろうか。それで価格も高め、ということであろうか。


里芋というのは日本人が米を食べるようになる前から
食べていたもの、と私が習った民俗学では教えられた。


正月を祝う雑煮に里芋を入れるところが多いのも
そういった背景がありまた、ところによっては、
餅なし正月といって、正月のある日のみは逆に餅を食べず、
芋(里芋)を食べるという習俗もある。


里芋というのは、太平洋のミクロネシアなどへいけば、
タロイモとなり主食である。


日本列島に住む我々日本人は大陸や朝鮮半島から
渡ってきた人々と南西諸島、ミクロネシア、さらには
北方から渡ってきた人々などの混血といってよいのであろう。
順番としては、里芋を主食とする人々が先で
稲作文化の方が後。


まあ、里芋食というのは、
日本人のDNAに残された古い記憶なのであろう。


そして、それがさらに、じゃがいもに
置き換わってきた?。


いや、必ずしもそういうことでもなかろう。


じゃがいもと里芋は必ずしも同じ調理法ではない。


じゃがいもは扱いやすいが、
泥のついた里芋は敬遠される。
皮をむくのは、どちらも同じである。
泥だらけという、印象の問題かもしれぬ。


あるいは、里芋にあるあのぬめりがきらわれている?。
そんなこともあるかもしれぬ。


そういえば、里芋は子供の頃は
私の家でもよく味噌汁に入っていた。
味噌汁に入れると、ぬめりがよく感じられ、
あれは子供の私にはつるっと入るので、食べやすく、
きらいではなかった。


全体とすれば、食の欧風化ということ
なのかもしれぬ。


やはりお節料理にもなっているが、いわゆるお煮しめ
お煮しめには里芋は欠かせない。


また、これも滅びつつあると思うが、
天ぷらでも里芋は定番であったと思われる。


また、銀座、日本橋のおでんやの老舗[お多幸]には
今でもあったと思うが、関東のおでんには、里芋、
または八頭(やつがしら)は必ず入っていた。
古今亭志ん生師の落語「替り目」のおでんにも
八頭が出てくる。


基本、里芋の調理法は煮物が合っている
というのもあろう。


しかし、それだけでもないと考える。
今のおでんは、江戸で生まれている。
それまでのおでんは、豆腐、里芋などに味噌を塗って食べる田楽
であったのである。それが、江戸後期しょうゆで煮込んだ、
煮込みのおでんといわれるものが、生まれている。
東京のしょうゆで煮込んだ正調おでんに里芋を
入れるのは、その名残でもあった考えている。


ご存知の方は今はそう多くはなかろうが、
天ぷらにしても、おでんにしても、
実のところ、里芋は、よく合うし、うまい。


こんな具合で、里芋というのは、正月などの儀礼食だけでなく、
普段のいろいろな料理に顔を出しており、東京人にも
とても身近な食材であったわけである。


泥付きの、里芋。





さてこれをどうするか、で、ある。





つづく