浅草在住、断腸亭錠志の断腸亭料理日記はてな版です。(内容は本店と同じです。)

断腸亭料理日記本店



野晒し その11


引き続き、断腸亭フィクションシリーズ。


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前回



  十



 さて。


 嫌がらせをした料理屋と、なると向島の目明し、九蔵だ。九蔵にあたってみる


のが最も適切であろう。


 柳治はまだ日のあるうちにと、その足で吾妻橋を渡り九蔵の住む小梅瓦町へ向


かった。


 ここは現代の東京スカイツリーのすぐ下の町である。当時のこの界隈はまだ、


町名通り瓦を焼く家がある。


 九蔵の家は、近所で聞くとすぐにわかった。場所柄、小さな茶店を内儀(かみ)


さんにやらせている。


 店にはちょうど客はいない。九蔵のお内儀(かみ)さんが流しで洗い物をし


ており、奥を覗くと折よく、九蔵も家にいた。


「親分、ごめん下せえやし」


 声を掛ける。


「お前さん、お客さんだよ」


「お、お前さんは、柳治さんっていったっけ」


「はい」


 手下の十吉は見えないようである。九蔵も柳治の実の兄が北町の与力である


という素性を聞いており、顔を見ると、ちょいとした愛想笑いのようなものを


浮かべながら、


「まあ、まあ、こっちあがって」


「はい、それじゃあ、ごめんなすって」


九蔵のお内儀さんに会釈をして、茶店の奥へ上がる。


「[大七]のこってすかい」


「はい。あっしもまあ、関わり合ったなりゆきで、なんといっても、ところの


こってすから、親分にご挨拶、と存じましてね」


「いやいや、柳治さんにそんな風にいわれると困っちまうが、まあ、縄張り内


のこったからね」


「はい。


 で、さっそくですが、これ、商売敵が[大七]さんの評判を落とそうって嫌


がらせじゃねえかって」


「ああ、同業の嫌がらせね。


 俺もね、老舗じゃあなくて、このあたりじゃ新顔の[小がわ]と[難波屋]


ってのは頭にあってね。


 まず[小がわ]の方だが、こっちは白だね」


「ほう、またなんで」


「あすこの主人はね、俺も昔からよく知ってるんだ。東両国の料理屋[青柳]


な、お前さんも知ってるだろ」


「はい。有名どころですね」


「ああ。[小がわ]の主人は[青柳]の板前を若い時分からやってたんだよ。


で、[青柳]の旦那に見込まれて、名前は違うが、暖簾分けしてもらったのが


[小がわ]なんだ。親の看板に泥を塗るような、まさか、そんなことはしねえ


だろう。


 確かに、ここんところ少し客は少なくなっていたようだがね。


だけどもよう、この春は花見客を当て込んで“花見弁当”って手頃な折(おり)


を出してな、売れてたようだ」


「なるほど。“花見弁当”ですか。そりゃあ、思い付きだ。


 じゃあ、親分は[難波屋]の方が」


「そう。あすこはどうも、くせえ。


 難波屋ってくれえで、主人も板前も向こうからきた者(もん)で、あっちの


料理を出す。江戸もんには珍しいんで、最初は客もきたが、薄味だからね、


江戸の客相手にはそうそう続かねえ。


 でもよう、同業の付き合いなんかは形通りしてるようだし、俺んとこへも、


挨拶はまあ、それなりにしにくるが、どうも底が知れねえと思ってはいたんだ。


 だがまあ、それだけだ。俺もこの件があってから、[難波屋]はそれとなく


は見てはいるんだが、今んとこ、これってもんがあるわけじゃあ、ねえ。


 なんにもねえのに、踏み込むわけにもいくめえ」


「そうですねぇ」


「あ、そうだ。それから、三度目の骨のことだ。


大七]の忠兵衛さんとも話してたんだが、最初の骨から二度目の骨まで十五


日。もう一つあるってえと、十五日後じゃあねえかってね。


 へんな坊主を使っていわせてるくれえだから、きっちり守ってまた十五日後


に、骨を置きにくるんじゃねえかって」


「それを張っておく」


「うん。今んとこ、それだけだなぁ」


 柳治は[難波屋]とはどんな家なのか。いってみよう、と考えた。


「親分、ありがとうござんした。


 [難波屋]は客のふりでもしてあっしも覗いてみましょう」


「そうかい。お。お前さん腹は減ってねえかい。


 商売もんだがそばでも一杯食ってくかい」


「ありがとうございます。さっき、ご贔屓にご馳走になって」


「そうかい、芸人はいいなぁ」


「じゃあ、親分また。お内儀さんもごめんなすって」


「おかまいもしませんで」


「おお、またな」








つづく