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快楽亭ブラック著『立川談志の正体』 その2


引続き、快楽亭ブラック著『立川談志の正体』。



まあ、本の紹介なんぞ、おもしろいから、
読んでみて、が趣旨。


ぐずぐず書くことはないのではある。


が、やはり、この本を薦めるのは、快楽亭ブラックという
落語家が好きで、それを書きたかったということなのである。


昨日は、オーソドックスというのか、経歴上の
ブラック師を書いたが、実のところ、そんな範囲の
人では、まったくない。


ハーフ、は、いいのだが、実際は昔のこと、
見かけは、外人、そうとうにいじめられもしたのだろう、
我々が考える以上に、屈折もしている。


また、この人の芸風は、本当はきちんと古典ができ、
過去には国立演芸場の花形演芸大賞特別賞まで
取っているのだが、どこをどう間違ったか、
下ネタ、なんという生易しいものではなく、
とてもここには書けないようなことを高座で話す。


B級いや、C級。
それも、自ら進んで。
(まあ、ある種の偽悪。)


また、最近のエピソードだが、ブラック師は
リーマンショック後の不景気で、コラムなどの
副業がなくなり、酒と競馬にのめり込み、
2,000万の借金を拵え、立川流を自主脱会。
(談志家元に破門されたともいわれてもいるが、
実際は吉川潮に自ら脱会するようにいわれた、
という。)


まあ、これぞ芸人、これぞ業の肯定というような
生き方と芸風、と、いってよいのかもしれない


そんな、快楽亭ブラック師匠の語る、立川談志
そして、自らの落語家人生を書いている、という
ことである。


この本は、最後に書かれているが、



『談志師匠って、富士山みたいな人だったんですね」


なるほど富士山は遠くから見れば美しいが、登ってみたら


岩と馬糞だらけでつまらない山だ。家元も客として


見ている分にはいいが、弟子になったが身の因果、


アラばかり見えてくる。でも口惜しいかな、


日本一なんだよなあ。』



という一文に尽きているのか。


弟子が精進しないから、というきれいごとは
あるが、本当は金が欲しいだけ、という立川流
弟子の上納金制度。


とにかく、ケチ、金にきたない。
これは、弟子とすれば、もろに感じていたことのよう。
(「らくだ」に死にゃあ仏って、話があるが、
それにしても許せねえよな、、と。)


悪ぶって見せる、偽悪。
本性は、とてもとても、さびしんぼ。
(だから本当は自分からは、弟子を破門にはとてもできない。)


ただし、芸は一流。


よく比較されたが、サラブレッドの志ん朝師に対して
努力に努力を重ねて、磨き上げた落語。


そんな努力の人からすると、ちっとも努力をしない
弟子達は、怠け者に見えて仕方がなかった。


まあ、これに対して、ブラック師は、「あっしは
そこそこうまいものが食えて、好きな芝居と映画が観れれば
それでよいと、思っている。」と。


それもよくわかる、というものである。


また、一度、立川一門、もとの落語協会に戻らないか、
という話があったという。


談志家元も、ほとんどその気になっていたらしいのだが、
結局それは果たせなかった。
もし、それが実行されていたら、
今の東京落語界ももう少し、変わっていたのでは、
ということ。


志ん朝師もいて、小さん師も健在で、談志、小三治
小朝などの看板が揃っていたわけである。
また、談志一門の協会脱退後の弟子である、志の輔師、
談春師、志らく師、などがどうなっていたのか。


なんだかんだいっても、バラバラよりは、
まとまっていた方が、力にはなったことは、
間違いなかろう。


さて。


噂話系はこのくらいで、作品のこと。
作品とはむろん、談志家元の落語のこと。


これは、なかなか、掛け値のないところを書かれていて、
同意させられる部分が多かった。


私も、亡くなったすぐ後に、作品を並べて、
評価を書いたりしているが、そこで、No.1に挙げた、
巷(ちまた)でもいわれている名品『芝濱』



ブラック師は、ダメだ、と。



実際のところ、人情噺全般、家元のポリシーからいえば、
業の肯定、ではなく、あんなものは、おもしろくもない。
本心は演(や)りたくなかったのかもしれない。


だが、観客も求めるし、芸人とすれば、芸を突き詰める
という意味で、演るべし、と、考えて工夫をして
演ってきた。その行き着いた形が、あれであったと、
私は思う。


よいわるい、ではなく、好き嫌いの話かもしれぬ、
ブラック師は、違うだろ、俺は嫌いだ、といっていた。
論理的には、正しいし、それはわかる。


また『文七元結』。
あれだけ金に執着する人が、娘を吉原に売った金を
見ず知らずの身投げをする若者を救うために渡す、
というようなことを演じられるわけがない、と。


確かに、そうかも。
ただし、そこは談志家元の芸の力。
暗い吾妻橋の情景、吉原の佐野槌の女将とのやり取り、
最後の娘が帰ってくるシーン。
含めて、名品といってよいものになっていたと、私は思う。


作品評、その他色々あるが、このへんでやめておこう。


一時はマジに会社を辞めて、談志家元に入門したいとまで
考えていた私。日暮里の一門の落語会も毎月通っていた。
立川一門の方々の顔は、むろんお客としてだが、全員知っており、
一門の内輪の話など、とてもおもしろく大笑いをして読んだ。


努力家で一流の芸を身に付けたが、
ケチでしみったれで、さびしんぼうだった家元。


愛憎ない交ぜの師弟関係。


しかし、間違いなく、ブラック師は家元の弟子で
幸せだったのだろう。




久しぶりに、師の高座を観にいこうか。