浅草在住、断腸亭錠志の断腸亭料理日記はてな版です。
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里芋とねぎのふくめ煮

1月7日(土)午後



二日行って、また連休。


また正月のぐうたら生活に戻ってしまう。


午後二時頃、寒いし、また火鉢の鉄瓶で
燗をつけて、一杯呑もうと考えた。


お節の余りも食べてしまおうと
冷蔵庫をのぞく。


数の子、わさび漬けに蒲鉾。


雑煮用の里芋が残ってた。
ねぎと、煮ようか。


里芋とねぎのふくめ煮


池波作品、鬼平に出てくるものである。
三ノ輪の[どんぶりや]のもの。


作品で池波先生も書かれているが、
里芋とねぎ、というのは、なかなかに合って、うまい。


だが、雑煮の里芋。
家では里芋を入れる。
東京では里芋を入れるところが比較的多いようだ。


全国的には、きちんと調べたことがなく
よくわからないが、東日本では多いのでは
なかろうか。


現代的感覚では里芋を儀礼食=イベントの食物
として、食べるのは、なんとなくピンとこない。


やはり、それなりの意味があるのだろう。


民俗学を学んでいた学生の頃、
坪井洋文という先生の授業を受けたことがあった。


稲を選んだ日本人―民俗的思考の世界 (ニュー・フォークロア双書)


日本の主要な作物はむろん、主食である稲である。
そして、前にも書いたが、日本人の民俗文化は、
この稲を中心に成立している。


が、イネではなく、イモ(=里芋や山芋)を中心とする文化も
日本の中には残っている、という。


例えば、餅なし正月といって、正月にあえて
餅を食べずに、里芋を食べる、という習俗がある。


大陸、朝鮮半島から稲作が渡ってくる以前、
里芋や山芋が主食で、これが残っているのでは、
という。


このあたり現在、学会でどういう理解がされているのか、
私はフォローをしておらずわからないが、
日本人にとって、イネとイモの位置関係を説明する説として
腑に落ちるように思う。


日本人は土着の縄文系、大陸からの弥生系、
さらに、ミクロネシアなど南方系等が混ざって出来上がっている
という。


食文化もそうであろう。
フィリピン、インドネシア、その他、ミクロネシアでは
タロイモが主食であった。
タロイモは日本では里芋である。


稲作以前、日本列島でも、焼畑などで、
里芋を作っていた可能性は高いともいう。


食いものの歴史としても、江戸または、
明治以降も、現代以上に里芋系のイモは、
よく食べられていたようにも思われる。


味噌をつけて食べる田楽も、豆腐以外に
里芋類も一般的であったし、その後のいわゆる
おでんにも、今はあまり入れないが、里芋、
八頭(やつがしら)は東京では、入れるものであった。
(落語、替り目には、芋が出てくる。)


あるいは、東北地方の有名な秋の風物詩、
芋煮会も、里芋、である。


また、いわゆるお煮しめにも、必ず入れるものであった。


お煮しめなど、今時ほとんど食べないだろうし、
やはり、現代人は、里芋をどんどん食べなくなっている
のかもしれない。


閑話休題


里芋とねぎのふくめ煮、で、あった。


雑煮用の里芋は、火は通っている。
一つ、丸々なので、一口に切る。


ねぎも切る。


鍋に酒、しょうゆ、水。
煮立てて、里芋を入れる。


味が入るのに圧倒的に時間差があるので、
里芋が先。


ある程度色が付いてきたら、ねぎも入れる。


火鉢の鉄瓶で、お燗もつける。






里芋とねぎのふくめ煮。


ちょっと煮詰まって、しょうゆが濃くなってしまったが、
このくらいが、うまいし、辛口の燗酒(むろん、菊正宗)
には、ぴったりで、ある。


なんということはないが、驚くほど、うまい。
やはり、こういうものが、ふるさとの味、なのであろう。