浅草在住、断腸亭錠志の断腸亭料理日記はてな版です。(内容は本店と同じです。)

断腸亭料理日記本店



2.東京に働く者、住む者の歴史観


引き続き、番外。東京について。


■歴史を大切にしない東京


歴史のことである。

毎度書いているが、東京ほど、
歴史を大切にしてこなかった都市も少ないのではなかろうか。


江戸という都市は江戸幕府から、明治新政府に引き継がれた。


と、いうよりは、江戸幕府が、薩長勢力に倒された。
それを中心に新政府が成立した、と、いうことである。


東京には、どんどん人が流入し、
政府は、江戸を、近代化という名のもとに、
首都東京として、どんどん壊していった。


永井荷風先生や、池波正太郎先生が嘆いておられていた、こと、である。


筆者は近代化には、嘆いてはいない、しかし、残すべきものも
沢山あった、のではないかと思っている。


また、流入してきた人々も、過去の東京、江戸の歴史には、
まったく無関心、無関係。


今、仕事をするオフィスには100年ちょっと前、何があったのか、
東京で仕事をする方は考えたことがあろうか。


都内に住んでいる方で、江戸時代、そこがどんなところであったのか
知っている方はどれだけいようか。


そんなことは、どうでもよいことであろうか。


■よいことばかりではない。

また、よい歴史だけではない。


こんな話しがあった。


葛飾四つ木に住んでいた頃、のことである。


荒川沿いに四つ木の隣りは、堀切。その隣りは小菅である。
小菅といえば、有名な東京拘置所がある。


この界隈に住んでいる人々が、拘置所があって、環境が悪い、
マスコミも押しかけ、騒がしい、という苦情をいった、
と、いう話しをきいたことがある。
詳細は不明であるが、もし本当であれば、若干、疑問を感じる。


小菅の東京拘置所は、拘置所になる前は、小菅刑務所という
刑務所であった。(小菅監獄)


つまり、ここに住まわれる方が、移り住むずっと以前から
そういう場所、であったのではなかろうかと思う。


それを知らずに、住まわれたのであろうか。
(まさか、近隣の方全員が、それ以前から住んでいた方々ではあるまい。
ちなみに、江戸の頃は、田圃や沼、そして、将軍家が鷹狩時に使用する
別邸、小菅御殿があった。)


歴史には、よいものもあれば、悪いものもある。
それらすべてを含めて、我々の歴史である。
フタをするだけでは、いけない。

知っていなければならない、と考えるのである。


ともあれ、
土地には神様がいる、だから、大切にしなくてはならない、
と、までは言わない。


しかし、少なくとも、自分の働く場所、住む場所の歴史くらい知っていた方が
豊かな生活が送れるのではないだろうか。


また、自分の田舎、地元の歴史は誰もが知っていよう。
上京した東京にも、歴史はあり、それを大切にしたい、と、
思っている人間もいる、ということを、知っていてほしい。