浅草在住、断腸亭錠志の断腸亭料理日記はてな版です。(内容は本店と同じです。)

断腸亭料理日記本店



ハンバーガー・人形町・ブラザーズ  デリバリー

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11月23日(金)勤労感謝の日 夜

昨日、今日と二回、NHKを視ていたらグルメバーガー
が出てきた。

一つは「世界はほしいモノにあふれてる」で
もう一つは「サラメシ」。

グルメバーガーというのは、なんであろうか。
最近定着してきた言葉であろう。

いわゆるハンバーガーだが、マックなどのチェーンではない
こだわったもの、程度の認識でよいのだろうか。
材料、作り方、ソースなどの味付けその他、手作り?。
値段ももちろん高い。
一つ、1,000円以上は軽く越えて、1500円~2000円なんという
あたり。

ハンバーガーの母国、アメリカなどでは昔からあったのであろう。
いつ頃からなのかわからぬが、東京にもそういうハンバーガーを
出す店ができていた。
私も、10年、15年ほど前から食べに行くようになった。

私の行動範囲だと、本郷の[ファイヤーハウス]
人形町の[ブラザーズ]。
こちらはデリバリーで「サラメシ」に登場していた。

さらに最近、厩橋の西詰に[マクリーン]
というのもできている。

[ファイヤーハウス]と[ブラザーズ]はデリバリーをしてくれるので、
たまには頼んでいる。

増えているのであろうか。
老舗もあるが、ここ数年でできているところも数多いよう。
確実に増えていそうである。
「世界は」には北参道で[E・A・T]というバーガーショップ
開いているフレンチ出身の高橋路和という人が出演(で)ていた。

希少価値のようなポジションからそれぞれ個性を出して
ラーメンやのような競争時代に入ってきているのかもしれぬ。
(もちろん、私自身は今の東京のグルメバーガーシーンの
詳細は知らないが。)

私の友人にも一人いるがこのグルメバーガーには昔から
マニア、フリークといわれるような人々がいた。
今まではこういった人々が支えていたのであろうが、
こう増えてくると、マニアだけではなく、幅広いお客を
捕まえなければいけなかろう。高価格なだけにハードルは
低くはなかろう。

さて、そんなことで人形町[ブラザーズ]のデリバリーを
頼む。人形町からは拙亭のある元浅草はデリバリー範囲の
最北端のようだが、定期的にポストにメニューが入ってくる。

内儀(かみ)さんのものを合わせて二つ。
私は「ロットバーガー」なるもの。1850円也。
40~50分ほど。

「サラメシ」にも出てきたが、きれいにデザインされた
赤い箱入り。

中には頼んだバーガーとオニオンリングとポテト。

「ロットバーガー」というのは[ブラザーズ]の看板メニューで
ベーコン、チーズ、目玉焼き、パイナップルなどが入っている。
ソースは選べるが、テリヤキを頼んだ。

ロットはlotで、辞書を引くと正しくはthe lotのよう。
俗語で「全部」。オーストラリアでは「the lot berger」という
言い方があるようで、全部入り、的な意味合いか。
[ブラザーズ]の主人がオーストラリアで修行しているので
その影響のよう。

ハンバーガーをどうやって食べるのか。
店であれば、串を刺して出されることもあるが、
紙の袋入りなので袋のまま食べるのがよろしかろう。
あまりきれいなものではないが。

ビールを開けて、食べる。

もちろん、うまいのであるが、やはり食べ方も含めて
ジャンクであろう。

ジャンクに1850円を出すというのは、やはり多少の
疑問がいつも付きまとう。

アメリカ人にとってはハンバーガーはとても大切な食い物で、
まあソールフード。明日世界が終わるといわれて食べたいものは
ハンバーガーであると答える人がほとんどと聞いたことがある。
もちろん、私自身はそんなことは思わないし、日本人で
同じように思うのは、先のマニアな人々ぐらいであろう。

NHKの「世界は」に出ていた高橋シェフがおもしろいことを
いっていた。ハンバーガーという食い物は、パンと具材が
一体化しており、唯一、想定した通りの味の組み合わせを
提供できる、と。
ハンバーガーでなくともサンドイッチ系の食い物は同じであろう。)

肉のパテがどんなふうで、どんなチーズ、どんなソース、どんな野菜、
どんなパン、、、それぞれ組み合わせが想定した通りに一度に口に入る。
いかにもフレンチのシェフらしい発想であろう。
さまざまな材料、調味料から組み合わせを選び、新しい味を
作り出すという。

この高橋氏のように考えてバーガーを作っている人はそうは
多くはないだろう。アメリカでも同様ではなかろうか。
大多数はこんな高尚なものではなく、やっぱりハンバーガーの本質は
ジャンク。パテにベーコン、玉子、ケチャップにマスタード
マヨネーズ、レタス、トマト、バンズ、、。ケチャップとマスタード
ハインツでよいのだろう。
手と口をベトベトにして食べる、これがうまいのである。
死ぬ前とはいわないが、私も時として食べたくなる味である。
マックなどは、最近大分うまくなってきたが、やっぱり、
ちょっとさびしいか、少し高くてもよいので。
そこに、こういうグルメバーガーというメニューと業態が
存在している。私自身はそう感じている。

従って、マックのちょっとこだわり高価格帯というようなものは
存在できない。1500円程度まで上がった「こだわり」的なものが
必要になる。そんなことではなかろうか。
本質的には、マックもグルメバーガーもそうは違わないのであろうが。

 


ブラザーズ

 

  

勤労感謝の日とスタンドカレー探検隊?ゴーゴーカレー

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11月23日(金)勤労感謝の日 第2食

さて、勤労感謝の日

なんであろうか、勤労感謝の日

ようは、新嘗祭(にいなめさい)なのである。
天皇がその年の実りを神々に感謝するという宮中行事の日。
もともとは旧暦の11月の二番目の卯の日であったようだが、
明治の新暦採用によって11月23日に決められているよう。
当時は祝日。

戦後、国家神道に結び付いた宮中行事としてGHQによって
排除され、米国のサンクスギビングデー、感謝祭と結び付けて
勤労感謝の日が出来上がった。

米国のサンクスギビングは11月の第4木曜日で、日にちが近い。
今年はネットも含めて各小売りで「ブラックフライデー」という
言葉が飛び交っているが、これはサンクスギビングの翌日から
米国ではクリスマス前のセールが始まる日。それでフライデー、
金曜になる。これを日本にそのまま持ってきたわけである。

安売りはうれしいので、フライデーでも、サタデーでもなんでも
よいのだろうが、由来はこういうことである。

新嘗祭は今も今上陛下が行われており、今年は平成最後
として報道されていた。
来年は、新帝即位、、、またたいそうな言葉だが意味的には
これが正しかろう、が、皇太子の即位の年、なので、新嘗祭ではなく
大嘗祭として盛大に行われる、というのもまた、報道されており
皆さんご存知であろう。

ただ、新嘗祭にしても、あるいは大嘗祭すら、室町後期から
戦乱や朝廷の貧窮で途絶えていたということである。
もちろん、国家行事として盛大に行われるようになったのは
明治以降で、GHQの指摘を待つまでもなく、当時国家神道
結びついていたことは否定はできなかろう。

新嘗祭はともかく、大嘗祭は大嘗宮という神殿を新築するなど
お金もかかる。そもそも即位の礼大嘗祭政教分離に反し
違憲として提訴する動きもある。
ただ、政府では、本来は焼いてしまう木材などの再利用、
行事の簡素化も考えられているようではある。

即位の礼大嘗祭を否定してしまうと、象徴天皇そのものをも
否定することになろう。ただ、国民としてはいくらかかるの?、
それが受け入れられるの?ということが気になろう。

述べたように、歴史的には途絶えていた時期もあり、
絶対にやらねばならぬものではないとも考えられる。

本来天皇というものは占いやまじないで政治を行っていた
祭政一致の時代に生まれており、こうした行事があることは、
歴史、民俗的には当然のことではある。
我々も例えば、今でも正月には門松を置き、注連飾りを飾る。
これも習慣、習俗で宗教行事と考える人はあまりいなかろう。
大嘗祭などが国家神道などの“思想”と結びつくのが問題と
考える。予算的に無理がなく、習俗、風習として受け入れ
可能な範囲で、ただし、象徴天皇としても恥ずかしからぬ
行事である必要はあると思うのである。

 

さて。
勤労感謝の日と、まったく関係がないが[ゴーゴーカレー]である。
前回は大御所[ココイチ]であった「スタンドカレー探検隊」。

今回は[ゴーゴーカレー]。
店舗数は70店前後のようで3位の[日乃家]の50程度を上回って2位。
ただし、1200を越えている[CoCo壱番屋]には遥かに及ばない。

金沢カレーといっているが、1号店はなぜか新宿。これが2005年で
10数年前。

御徒町店にいってみた。
上野御徒町中央通り、といってもあまり知られていない通り名
だと思うが、春日通りの北で昭和通りとの間。
JRの東側で、高架から2本目。北へ上がった左側。

入ると券売機制。

頼み方がシロウトには例によってわかりずらい。
サイズが5種類。下から2番目のヘルシークラスで、
金沢カレーでは定番というカツカレーにしてみた。
繁忙時間ではないと割引になるようで、630円也。
ちょっと割安な感じ。

とんかつ以外にも、チキンカツ、エビフライ、ウインナーなどなど
トッピングは他にも選べる。

特徴は、金属の器に、キャベツ、カツにウスターソース
かかっている、フォークで食べる、ということらしい。

カレー自体はかなり濃いめ。
ただ、スパイスやらなにかが突出しているのではなく、
バランスが取れた味。
万人受けするものであろう。

カツはラードで揚げているかどうかが、私の判断基準
ではあるのだが、味が濃いせいか、ソースがかかっているからか
それはあまり気にならない。

なるほど、うまいカツカレー

好物のカツカレーが金沢ではスタンダードというのが
気に入った。

隣の福井ではソースカツ丼が名物であるが、
これとなにか関係があるのか。

そういえば[日乃家]もカツカレーを一押しの
看板メニューにしていたが、ポイントなのかもしれぬ。

一方[ココイチ]はカツは一押しには見えない。
カツの味も比べるともう一つという印象であった。

若干このあたりに店としてのポジションの違いが見て取れる
のであろう。

ココイチ]は女性も含めて万人うけ。
[日乃家]にしても[ゴーゴー]にしてもガッツリ、男。
([飲み物。]は少し考えすぎか。)

店、店員の雰囲気。
店自体は、あまりきれいな感じはしなかった
むろん、きたないということではない。
居抜きの店舗を使っているとことが多いらしいが、
それが原因かもしれぬ。
店員さんは、なかなかの愛想。
愛想は[ココイチ]がNo.1.。
ココイチ]を5とすると[ゴーゴー]4、[日乃家]3.5。

その他のポイントも点数化してみようか。
きれいさは[ココイチ]5、[日乃家]4.5、[ゴーゴー]3。
味は[日乃家]4、[ゴーゴー]4、[ココイチ]3。
コストパフォーマンスは[ゴーゴー]4、[ココイチ]3、
[日乃家]3、あたりか。

もちろん、私の個人的な印象ではある。
([飲み物。]の採点はやめておく。)

カレースタンド、もう少しあるか。
次回をお楽しみに。

 


ゴーゴーカレー

 

  

五反田・立ち喰い寿司・都々井

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11月22日(木)夜

連休前。
木曜だが、気分的には金曜。

昨日配信の「鱸の昆布〆」を書ていた、ということも
あるのだが、帰り道、ちょいと鮨がつまみたくなり
立ち喰い寿司[都々井]に寄ることにした。

ここは長らく五反田駅東口前にあったのだが、
駅の再開発にあって、しばらく休業、今年に入って、
目黒川沿いのビルに入って再開していた。

今時珍しいともいえるチェーンではない
立ち喰い鮨。
カウンターに手を洗うための水道の蛇口が、前の店には
あった。
そうそう。浅草橋駅ガード下の[美家古鮨]の立ち喰いにも
蛇口があった。(こちらは閉めてしまったよう。)

握り寿司発祥、江戸の屋台、立ち喰いのDNAを受け継ぐもの
といってもよいのではなかろうか。
鮨は手でつまむ。昔はおしぼりではなく、手を水道で
洗っていた。

にぎりの鮨というものは今でいうファストフードとして
発達してきた。もちろん発祥当時から高級な鮨店というのは
既に存在していたようだが、気軽につまめるのもずっと
にぎり鮨のスタイルであったのであろう。
この系譜は回転寿司に受け継がれているといってよい。

回転寿司というのは、この前も富山で入ったが、地方へ行けば
地の魚を使ってうまいものを握ってくれる。だが東京では、
私自身はまず入る気にはならない。

毎度書いているが立ち喰そば、路麺もまったく同じ。
チェーンと個人営業の違いなのであろうか。
満足感が違う。
これは回っていなくとも同じである。

さて[都々井]。

駅前にあった頃の店は、駅前というのか、駅構内というのか
三角形の妙なスペースにあったので、店内も妙な三角形の
カウンターであったが、今は四角い普通の店舗でちょっと広い。
カウンターと立ち席だがテーブルのようなものもある。

7時前、暖簾を分けて入る。

カウンターの真ん中があいていたので、そこに。

お酒をお燗でもらう。

以前から変わっていないと思うが、握り手は三人。
私の前はご主人、親方であろうか。
ちょっと怖そうな四角い顔の親父さん。

まずは、光物といか。

鰯、秋刀魚、いか。

いかはするめのよう。

立ち喰いだと二つずつのところが多い思うが、
いわなくとも一つで握ってくれる。

鰯がばかうま。
秋刀魚よりも脂がある。
あたりである。

続いて、小肌、鯵、いなだ。

いなだは鰤と書いてあったような記憶もあるが、
やはりこれはいなだであろう。
まだ脂はないがたくさん獲れているのであろう。

小肌は自家製か〆たものを買ってくるのか、
おそらく後者であろう。
鯵は脂はあまりない。鰯がよければ、鯵はもう一つ。
おおかたそんなものかもしれない。

かんぱち、しまあじ、鯛昆布〆。

先ほどの鰤(いなだ)とかんぱち、しまあじ
見た目にはほぼ見分けがつかなかろう。
まあ、食べても分かりにくい、か。

そろそろ、終盤。

下足と青柳。
青柳は生。下足は先ほどのするめいかであろう。

最後に、鉄火巻

以上。

ご馳走様でした。
勘定は3,000円ほど。

回転寿司でもこのくらいかもしれぬ。
ただ、回転寿司は一皿二つであるが。

最近は回っていない立ち喰いのチェーンもよく見る。
入ったこともあるが、やはりなにかが違う。

チェーンと個人営業の違い。
では、なにが違うのであろうか。

チェーンの方が大量に仕入れるので
場合によってはよいものがあることはあろう。
個人営業でも出来合いの種を握っているだけ
ということもあるやに思われる。

それでも私は個人営業の方がよいと感じる。

満足度が違う。この原因は技術と人なのではなかろうか。

回っておらず、対面の立ち喰いでもチェーンは
やはり顔が見えないように思うのである。

かたや本部で決めたものを決められたように、
握っているだけ。よけいなことは、おそらくしては
いけなかろう。なげやりとまでいうのは言い過ぎだとは
思うのだが、、、。
チェーンの鮨職人の技術が劣っているのというのでは
なく、モチベーションの違いというのか。

気軽に入れて、ささっと、つまめる立ち喰い鮨は
なくなってほしくない。ただチェーンはいやだ。
個人はチェーンと比べたら経営はたいへんであろうことは
想像できる。ここもずっと続けてほしいし、若い鮨職人にも
個人で立ち喰いを開業してほしい。
ここには若いサラリーマンや、女性も多い。
明らかにチェーンとは違う。
支持は得られると思うのだが。

 


03-6417-3564
品川区西五反田1-9-3 リバーライトビル半地下

 

 

 

 

鱸(すずき)昆布〆

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11月22日(木)朝

さて。

いきなりだが、初めて昆布〆をしてみた。

昨日、内儀(かみ)さんが買ってきた鱸(すずき)の刺身、
私は、大阪出張で新幹線の車内でビールやらつまみやら
仕込んでしまい、食べなかったのである。

そこそこ量があったので、もったいないので、
昆布ではさんでおいたら、と、内儀さんにいっておいた。

昆布は少し前に買った利尻のもの。
そこそこよいものであったと思う。

朝、冷蔵庫にあったので開けてみた。

通常は鯛や平目などの白身の切り身をそのまま
はさむのだと思うのだが、刺身に切られたものを
一枚ずつ、はさんである。

開けてみる。

昆布からちょっと粘りが出ていたりして、よい感じ。
見た目には色も少し黄みがかっているようにも見える。

基本昆布〆というのは、刺身から水分を抜き、
昆布の旨みを魚に移す、といわれる。

どうであろうか。
冷ご飯があったので、温めて、朝飯に食べてみることにした。

(いくらはたまたまあったので。)

わさびはなしで、しょうゆをちょいとつけて食べてみる。

ん!。

これはこれは。

かなりうまい。

昆布〆というのは、江戸前鮨やで、にぎりとして
食べているのと、北陸で、カジキ、ブリなどを食べたことが
ある程度ではある。
北陸は別にしても、江戸前鮨の白身の昆布〆は確かに
生とはまた違ったうまさがあることはある程度
意識はしていたが、格別大好物というレベルでは
なかった。

水分が抜けて、うまみが増しているのは想定内としてだが
もう一つ、大きなポイントに気が付いた。

他の白身とは違って、鱸というのは、内湾の魚で
ものにもよるが、それなりに独特のくさみがあるものが多い。

これが、で、ある。
昆布〆をしたものは、ほぼなくなっている。

それでかなりうまくなっていると思われる。

なるほど。
こういうことであったか。
まったく別物である。

これを肴に酒を呑んでも、もちろんよかったので
あろうが、白い飯に合うこと、夥(おびただ)しい。

こんなことであれば、もっと前からやってみるのであった。
昆布ではさむだけ。
まったく簡単である。

今回は利尻のよいものを使ったが、安いものだと
どんな風になるのか。

昆布〆というと、江戸前の技。
あるいは富山など北陸では、白身以外にも多用されている。
そのぐらいの認識ではあったが、昆布締めをちょっと調べてみた。

すると、ウィキには元は富山の郷土料理などと書いてある。
本当であろうか。

富山発祥だとすると江戸前鮨の技というのは、伝播してきたのか。
一説では、江戸前仕事でもそう古くない、などともいうので
あるいはそうかもしれぬ。
ではそれはいつ頃からのことなのか。
知りたくなる。
よし。それは宿題として、昆布〆、もっと多様しても
よさそうである。

またまた、調べてみると、我が国の昆布の消費量というのは
ご多聞に漏れず、年々減っているようである。(ついでだが
鰹節削り節なども減っているよう。海苔は微減で踏みとどまっているのに
である。これはコンビニおにぎりがささえているのか。)

出汁用の高価なものでなくとも機能を果たすのであれば、
一般の家庭でもどんどんやるべきではなかろうか。
はさむだけであるし。

ちょっと目から鱗

余りものでなくとも、最初っからやってみてもよいかもしれぬ。
白身の昆布〆。

断腸亭、大推薦である。

私も、もちろん、またやってみよう。

 

 

 

蛤の湯豆腐

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11月19日(月)夜

月曜日。

帰り道。

だいぶ寒くなった。
鍋がよろしかろう。

ウイークデーの鍋といえば、池波レシピが好適である。
池波先生の鍋は基本シンプル。

具材一品に野菜も基本一品。

これは、その素材に集中できる、つまり味がよくわかる、
という先生のポリシーであった。またその上に
東京下町の鍋というのは、こんなものが多かった
のではないかと思っている。

ここには書き忘れたが少し前に鶏皮と大根の鍋
http://www.dancyotei.com/2014/dec/toridaikon.html

をやったが、これも大根と鶏皮、せいぜい油揚げでも
入れればよいので、簡単。そして、うまい。

しょうゆだけかけて食べるが、大根の味が
実によくわかる。

そうだ、今日は「蛤の湯豆腐」にしよう。

蛤が高価である、というのが難点ではあるが、
簡単でうまいのは、共通すること。

吉池に寄って、蛤2パック。
そこそこ大きなもの。
(細かい値段は忘れた。二つで1,000円は超えていたか。)

地下で豆腐二丁購入。

帰宅。

さて、池波レシピである「蛤の湯豆腐」。

登場する作品はエッセイ集「食卓の情景」。

新潮文庫

初版は1980年(昭和55年)。
先生はこの10年後、90年に67歳で亡くなっているので
57歳の頃のものである。
(自分も55になったが、改めて年をとったものと
思い知らされる。)

この中の「勢州桑名」という一篇。

ここでは桑名の[船津屋]という老舗旅館のことを
昭和20年台に名古屋の御園座新国劇の演出をした
追想を交えて書かれている。

桑名というのはむろんのこと、東海道
宿駅の一つであり、桑名十万石の城下町。
尾張の宮(熱田)から海上八里、
伊勢湾に面した主要な港であった。
時代小説の舞台としては格好のところであり、
この頃はまだ、そんな趣が残っていた
ようである。

桑名といえば、蛤。
「その手は桑名の焼き蛤」なんという地口
(ジクチ・洒落言葉)を知らない人も増えたかもしれぬが。

この[船津屋]へ泊ると夜に焼き蛤ももちろん出るが、
朝飯に蛤の湯豆腐が出たらしい。
朝飯だが、これが出ると酒を呑まずにはいられない
とも。

調べると[船津屋]というのは今もあって、
建物などは以前の面影は残っているようだが、
旅館業はもうやっておらず、結婚式場と
料亭という業態になっているようである。

さて、蛤の湯豆腐。

本当は火鉢で、燗酒なのだが、
そこまではまだ寒くはない。

ステンレスの小鍋でカセットコンロ。

水に蛤を入れ沸かす。

一度、ふたをする。

貝が開いたら、豆腐を入れる。

温まれば、OK。

まったくこれだけ。

味付けは、取り皿に塩だけをかけて豆腐と
蛤の身を食べ、つゆを飲む。

余計な調味料は一切入れない。
まったくシンプル。
これでなくては、いけない。

蛤の潮汁に豆腐が入っていると
考えればよろしい。

これで酒を呑むわけである。

蛤の潮汁、すまし汁がうまい、というのを知らない
人はおるまい。
これと酒が合って、うまいこと夥(おびただ)しい
のである。

汁で酒を呑むというのは、私も最初は妙に思ったが
これは実に、あり、なのである。

まあ、具材がまるっきりないのは寂しいが、
なにかちょいとあればよい。

かなり豪勢であるが、松茸の土瓶蒸し。
もういうことはない。

あるいは、毎度書いているがそばやの
いわゆる、ヌキ。
天のヌキ、鴨のヌキ、玉子のヌキなんというのもあった。
天は天ぷら、鴨は鴨肉、玉子は生卵。
それぞれ、天ぷらそば、鴨南蛮、月見そばの
そば抜きである。
つまり、つゆに具だけが入っているもの。
これらがとてもよい酒の肴になるわけである。

蛤が高いので、そうそうできないが、
蛤の湯豆腐で、朝、風情のある旅館で、
一杯呑みながら、なんというのは、
この上ない贅沢であろう。

 

 

スタンドカレー探検隊? カレーハウス・CoCo壱番屋

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11月17日(日)第二食

さて、いよいよ、ココイチ、で、ある。

先般からのスタンドカレーめぐり。
今のカレースタンドとはなにか、どんなものなのか、
という私自身の疑問。

もともとは[日乃屋]から始まっていた。
意外にうまい、ということ。

そして、先日の[カレーは飲み物。]


そして、いよいよ、と、いうべきか、
大御所、最大手、愛知県発祥のココイチ、こと[CoCo壱番屋]。

やっぱりここに行ったことがなくて、
カレースタンドを語る資格は当然なかろう。

先日も書いたが、20年ほど前名古屋単身赴任時代に
一度入って、それ以来入っていない。

全国で1400店以上。東京都だけでも180店程度。
押しも押されぬ、ダントツのNo.1である。

ちょっと沿革をみてみようか。

1978年(昭和53年)名古屋市郊外西枇杷島町に一号店
オープン。

意外にと、私は思うが、古いのである。
既に40年もの歴史がある。

その9年後、1987年(昭和62年)東日本本部・配送センター開設、とのこと。
京進出ということであろう。
9年が早いのか遅いのか。
昭和62年に東京に店があったのは私も知らなかった。
数は少なかったのであろうが。
翌年の1988年(昭和63年)100店舗達成。
10年で100店舗である。
当時独立系、単独資本なのか、着実な足の運びというべきか。

1992年(平成4年)東北営業所・配送センター開設。
東北進出と、200店舗達成。わずか4年で2倍である。
当時はバブル期といってよいのか。(バブルは1991年(平成3年)までか。)

1996年(平成8年)400店舗達成。さらに4年で2倍。
バブル後にも関わらず、なのか、バブルは関係なかったということか。

ちょっと飛ばして2001年(平成13年)700店舗達成。

2004年(平成16年)東証2部、名証2部上場。同年1,000店舗達成。
翌年すぐに東証1部上場。

2014年(平成26年)1,400店舗達成
翌2015年(平成27年ハウス食品グループ本社株式会社による
公開買付けにより同社の子会社となる、と。

と、まあ、こんなところであろうか。
この間に、海外にも展開している。

社是が「ニコニコ・キビキビ・ハキハキ」。

創業者は宗次徳二氏と奥さんの直美氏。
奥さんの作られたカレーを出すために喫茶店を始めたの
最初のようである。

この宗次徳二氏というのがやはり傑出していた人であったのであろう。

カレースタンドという業態を他にない大チェーンに
仕上げたという。
今は宗次氏は経営からは引かれているが、前記の社是の
「ニコニコ・キビキビ・ハキハキ」はその頃からのものの
ようである。

おそらく、ココイチの成功モデルは、こんな1回分では
とても追いつかない。稿を改めて書いてみたい気もする。
小説にしてもおもしろいかもしれない。
大会社にした創業社長というのは、どなたも大同小異であろうが、
人がやらないこと、やれないこと、やっているのだと
思われる。

さて、訪れたのは、秋葉原のJR秋葉原駅昭和通り口店。

どこもそうだが、ココイチは店は小さい。
入ると、右側にレジ。
先に頼むのかと思うと、左にあらず。
席に座り、オーダーを取りにくるのである。

基本、この手の業態は、券売機式であろう。
[日乃屋]も[飲み物。]も然り。
なにか哲学がありそうである。

メニューの数の多さに圧倒される。
ノーマルにも、例の具材を選んでのせられるオプションも多い。
辛さも選べる。ただし、足せば高くなる。

ロースカツカレー。ご飯も辛さもノーマル、774円。
ノーマルなポークカレーが484円に対して、割高な印象はやはり
ぬぐえない。

 

登場。


 

まったく、普通のポークカレー。

もちろん、そこを狙っているのであろう。
欧風でこってりでもなく、ハウスのバーモントカレーなのか
わからぬが、まったくフツーのカレー。

カツはまったく脂っこくはない。
私の好みとすれば、やっぱりラードで揚げてほしい、
などと思うが、これももちろん脂ギッシュにしないのを
狙っているのであろう。

従って、まったくまずくはない。
おいしく食べられる。

辛さが足らないので、置かれている辛味のパウダーを足す。

これで食べ終わる。
レジで勘定。

食べていて、関心をしたのが、店長さんなのか、
男性の若い店員さんの対応。
日本語ががまったくわからず、頼み方に困っていた
外人の女性に、ほぼネイティブな英語で説明をし
オーダーを取っていた。
秋葉原だからなのか、わからぬが、これだけの英語力があれば
ここにいなくともよさそうにも思えたのだが、、、。
あの方、なんであったのか。

ともあれ。
スタンドカレー考察というよりもココイチ自体を
もっと深く調査、考察せねばいけない、ということに
気が付いた次第であった。

 


https://www.ichibanya.co.jp/

 

 

 

 

浅草寿・とんかつ・すぎ田

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11月17日(土)夜

土曜日。

今日は内儀(かみ)さんの希望で、浅草寿町のとんかつや
[すぎ田] へ行くことにした。

ミシュラン、ピブグルマン。
創業は1977年(昭和52年)。
今は、二代目。

ここに行き始めてどのくらいになるのであろうか。

先代が元気であった頃。
私が浅草へ引っ越してくる前であろう。
20年近くなるかもしれない。

ウイークデー、会社があると御徒町にある二軒の
老舗[ぽん多本家][井泉本店]のどちらかがに寄るので、
ここまでくることはまずない。

従って、土日、内儀さんの希望でくることになる。

5時からなので少し前にTELを内儀さんが入れてみると、
土日は予約をとらないことにした、とのこと。
なぜであろうか。

まあ、いずれにしても、5時に入れば問題はなかろう。

元浅草の拙亭からは歩いても10分はかからない。

真っすぐ東へ向かい、新堀通りを渡り、国際通りも渡り、右。

春日通りとの交差点の手前、左側。

ここは夜は先代の頃からかなり明るいライトで店前を
照らしていたが、それがちょうど今、点いた。

一番乗り。

大女将、先代の奥さん、小柄な二代目の主人が迎える。

カウンター、揚げ鍋の前に座る。

バイトらしい女の子に、瓶ビールを頼む。

今の女将さんは不在のよう。

数年前にここは先代が亡くなって代替わりをした。

ガタイも大きく、声もでかい頑固親父で、この店の
文字通り、大親分、大黒柱であった。
息子さんである今のご主人は書いたように小柄で、
ちょっと違うタイプに見えていたので、どんな風に
代替わりをするのか、ちょっと心配なところもあったのだが、
もう、今は立派なものであろう。

内儀さんはロースソテー、私はロースのとんかつ。
それから、エビフライも。
判で押したように、いつも同じ。

ビールがきた。

お通しは先代の頃と変わらないが、心なしか
うまくなっているのではないか。

小学生の息子さんが帰ってきた。
ご主人が、作業をしながら、おかえりー、と声をかける。

かーちゃんは?
いないよ。
どこ行ったの?。
知らねー、お前がいうこと聞かないから、出て行っちゃったよ。

いつも、こんな感じ。
下町の家族。
微笑ましい。

先代が存命の頃は、こんなことはなかったかもしれぬ。
お子さんは二人で、娘さんもいる。
こんな感じなのだが、店の中をちょろちょろと、走り回って
うるさい、というようなことは、ない。
そこは客商売、きちんと教育されているようである。

フライパンからソテーのための火が上がる。
もうすぐか。

出来た。ソテーから。

次に、エビフライ。

ロース。

ロースから。

この写真を見ていただきたい。
美しいと思われまいか。

切り方、盛り付け方。
ほんのりピンクの切り口がこっちをチラッと
向いているのもにくいではないか。

油切れもよさそう。

今までは、ソースをかけていたが、塩でいってみようか。
かじりつく。

や!。
やはり、これは、うまいぞ。

もちろん、代替わりをしても、親父さんの技を
受け継いで、決して味が変わったという印象はなかった
のだが、これは、今まで以上ではなかろうか。

ワンナップ、どころではないかもしれぬ。
二段階以上、うまくなっている。

晩年の先代は確実に越えていると思うし、
それ以前の先代も越えているかもしれぬ。

なんというのか、とても勢いのある。
そんな感じである。

ロースソテーも濃厚で、抜群。

エビフライも心地よい揚げ上がり。
タルタルソースもうまい。

ロースのとんかつは最後まで塩で食べた。

二代目ご主人、まだ40代ではなかろうか。
勢いがある。
なんだか、まだまだ伸びしろがあるような、
そんな気がしてくる。

素晴らしい。
おいしかったです。
ご馳走様でした。

 

 

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