浅草在住、断腸亭錠志の断腸亭料理日記はてな版です。
断腸亭料理日記本店
 

断腸亭落語案内 その27 桂文楽 鰻の幇間

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さて、八代目桂文楽

師は、明治25年(1892年)~昭和46年(1971年)。
亡くなっ頃、私は小学校に入っていたので覚えている。

志ん生師は明治23年(1890年)~昭和48年(1973年)。
円生師は明治33年(1900年)~昭和54年(1979年)。

三人ほぼ同じだが、昭和の三名人の中では志ん生師が一番上で
文楽師は真ん中。しかし、三人の中では、少し早く戦前から売れて
いたよう。

文楽師。
私が大人になり、落語を自覚的に聞き始めた頃は、この人のよさが
わからなかった。やはり志ん生の方が、魅力があった。
ただ、やはり談志家元の高座を追っかけるようになって、
よさがわかってきた。教えられたといってもよいかもしれぬ。

三人の中では、持ちネタが極端に少ない。
長い噺も少ない。
だがそれだけ、一席一席が、限りなく磨かれている。
演ずる時間は秒単位で、毎回同じ。持ちネタであればどれでも。
こんな落語家は、ほぼいないだろう。

ある意味、志ん朝師は近いのである。
完璧に演じる。
ただ、おもしろいかおもしろくないかは別の問題。

文楽師はむろん、おもしろい。

持ちネタ。

明烏」「愛宕山」「按摩の炬燵」「鰻の幇間」「馬のす」「厩火事
「王子の幇間」「景清」「かんしゃく」「小言幸兵衛」「しびん」
「素人鰻」「心眼」「酢豆腐」「つるつる」「富久」「寝床」「干物箱」
船徳」「星野屋」「松山鏡」「やかん泥」「厄払い」「夢の酒」
「よかちょろ」「悋気の火の玉」。

出典はwiki。五十音順である。

実際、こんなものであるろう。

幇間(たいこもち)の噺がちょっと目に付く。
文楽師が幇間(のよう)であったということをいう人もいるほど。
文楽師以前の落語に出てくる幇間を知らないが、以後は文楽師の
演ずる幇間が落語に登場する幇間になっていったのかもしれない。

NO.1はなんであろうか。

一般の意見は「船徳」「明烏」あたりであろうか。
ほぼこの人しか演らなかったといえば、この二席になろう。
「富久」「寝床」も入れたいが、これは志ん生、円生も演った。
それぞれよかったが。

だが「鰻の幇間(たいこ)」を私のNo.1に挙げたいと思う。

文楽師の演ずるこの噺、大好きである。

時代設定は明治、、銭勘定から大正かもしれない、そんな頃。。

お話しはかなり単純である。

幇間(のだいこ)といって、どこか決まった花柳界置屋などに
所属せずまあ、フリー。町をあてどもなくさまよって、取り巻く、
旦那にする相手を探す。

「取り巻く」「旦那にする」というのはまとめて動詞である。
客にくっ付いていき、食い物を食べさせてもらう、
祝儀をもらう、など、幇間のお客にすることである。

文楽師だと、噺の舞台は兜町の人がいたりするので、茅場町人形町
あたりであろうか。季節は真夏で暑い。

幇間の名前は、まあ、なくてもよいのだが、お決まりの一八(いっぱち)。

知った人がいた。浴衣姿で手ぬぐいをぶら下げて。どっかで見たことが
あるが、どこの人であったか思い出せない。向こうから近づいてくる。
思い出せないまま、きてしまった。

一「へい、どーも、ご機嫌よろしゅう。おかわりもございませんで。」
客「どうしたい、師匠!」
一「大将。意外ですねぇ。いや、ここでお目にかかろうとは。
  わるいことはできません。あの節ねぇ、酔いました。あんな
  酔ったことはない。あのね、騒ぎてぇのはなかった。
  ねえ、大将!。大勢、婦人を集めの、あの・・・わ~~~っと!」
客「なんだな、、、騒々しいなぁ。
  オメエといつ酒呑んだぃ。」
一「え、へ、へ、、、呑みましたよ。」
客「だからどこで呑んだ?」
一「どこで呑んだ、って、呑んだじゃないですか。」
客「だから、どこで呑んだ。」
一「なんです。あの、、、柳橋で!」
客「な~にを言ってんだ。オメエとどこで会ったんだか、知ってるか。
  麻布の寺で会ったんじゃねえか。」
一「麻布の寺ですか~?」
客「歌沢(端唄から派生した江戸後期の短い歌謡)の師匠が死んだろ。
  お前、寺へ手伝いにきてて、煙草盆に突っかかって、剣突(けんつく、
  叱られる)食らったりなんかしてた。あん時会ったんじゃねえか。」

(中略)

一「大将、先(せん)のお宅ですか?」

と、住まいを聞き出そうとする。
だが、客は言わない。

一「大将!、絶えて久しく、対面ですな。
  今日(こんち)はひとつ、どこかへお供を願いたいですなぁ。」
客「いやな奴だなぁ。すぐに取り巻く。浴衣ぁ着てるんだ。
  手ぬぐいぶら下げてるんだ。お湯行くんだよ、あたしは。」
一「お湯ぃひとつ、手前がお供をいたします。」
客「オメエに背中流してもらったってしょうがねえだろ。」
一「え、ヘ、へ、ぇ~~~~、なんですよ、大将!
  敵に後ろを見せるってぇのは、ないよ。あ~た!。
  駒の頭を立て直したな!、え、へ、へ、、、たいしょ!」
客「よ~せよ!。へんな真似すんなよ。」
一「大将。あたくしはね、空腹の君なんです。
  ばかな千松(せんまつ)なんで。

千松というのは歌舞伎「伽羅先代萩(めいぼくせんだいはぎ)」に
登場する子供。幼少の若様の小姓。飯炊き場、といわれる場面。
若様の毒殺を恐れて、若様とともに用意された食事は食べない。
それで、空腹なのである。
腹が減ったことを、千松と、洒落て言う言い方があった。

一「あんの、ちょくの(安直)あるところで、ひとつ、大将!
  もよおしましょう。」
客「おい、しょ~がねえなぁ、まるで、ダニだねぇ。

  よし。せっかく会ったんだ、ただ帰すのはなんだ。
  どっかで飯を食って、別れよう。」
一「ぃよ!

パン!手を打つ

  待ってました!。
  どこ、いらっしゃる?」
客「遠出(とおで)はいけないよ。浴衣を着てるんだ。
  近間(ちかま)だ。」
一「ぃよ!、近間、けっこう!
  どこいらっしゃる。」
客「どうだい。鰻を食うかい?」
一「ウナトトはいいね。ノロ、ね。あれにあたくしは、久しくお目にかか
  らない。土用の内に鰻に対面なんぞは、ようがすな。
  是非(ぜし)、お供を!。」
客「じゃ、一緒においで。
  断っておくよ。家はあんまりきれいじゃないよ。その代わり
  食べ物は本場だ。新しい魚、食わせる。」
一「大将。あたくしはね、家を食べるんじゃない。鰻を食べるんだ。
  家なんぞで、曲がってたって、かまわない。是非、お供を。」

 

つづく

 

 

断腸亭落語案内 その26「三軒長屋」

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引き続き、志ん生師「三軒長屋」。

枝葉の部分がおもしろく、残ってしまった。

ただ、もう一つ、疑問がある。
枝葉がおもしろいのはいいが、ストーリーだけを取り出しても
一席の噺として成立するのか、おそらくするだろうと、書いた。
なぜこの形にならなかったのか。

鳶頭と先生が入れ替わるという意表を突く下げにつながるギミックの
部分である。(これが原話。)
成立するのであろうが、これは一度聞けばわかってしまう。
落語は繰り返し聞くことに耐えられるものでなくてはいけない。
獅子舞の件(くだり)などを省いてしまうと、この繰り返しに
耐えられなかったからではなかろうか。
そんなことで、古い形の、ダラダラ長くなる、という形が残った。
こういうことではなかろうか。

さて、そんな「三軒長屋」。

もちろん、私など演じようと考えたことすらないが、
談志家元も、話していたと思うが、やたら疲れるという。
そうであろう。

鳶頭一派の部分、特に、聞かせどころの、獅子舞の部分。
言いよどみ、言い間違いの多い、志ん生師。ではあるが、まったく
そんなことがない。そう。この人、ホントはできるのである。
やらなかっただけ、なのである。(困った人である。もちろん理由は
あろうが。)

早さに加え、小気味よいリズムが不可欠。
言いよどみ、間違いなどは絶対に許されない。
(でなければ作品が崩れてしまう。古典芸能の厳しさである。)
そして、長い。

落語などでよくいう、言い立て。
寿限無」の「寿限無寿限無、五光のすりきれ・・・」
は最も簡単な例だが「大工調べ」の棟梁の啖呵。
「なにぉ~、あったりめえじゃねえか、目も鼻も口もねえ、
のっぺら棒みてえな野郎だから丸たん棒っつたんだ。・・・」。

これは私も覚えたが、江戸っ子の啖呵なので早口でなければ
いけない上に、啖呵らしく、粋で凛々(りり)しくなくては
いけない。むろん、ちゃんと言葉として聞き取れなければいけない。
まあ、演じる場合は、青筋を立てて、息も絶え絶え。ほぼ酸欠状態。

「三軒長屋」は談志家元は、頭がボーっとしてくる、と
言っていたが、こういうことなのではなかろうか。
テンポが緩くてもいい部分もあるのだが、比率とすれば、
早いところの方が多い。そして、全体が1時間。
とにかく、たいへんな噺、なのである。

録音の残っている落語家は、志ん生師。
円生師(6代目)のものもある。わるくはないが、もう一つ。
円生師(6代目)の人(ニン)ではないのかもしれぬ。

三遊亭金馬(3代目・先代)が、よい。
禿げ頭で出っ歯の金馬である。
この人、ダラダラ喋っていることの方が多いように聞こえるが
こういうメリハリがあって、リズム感命のものも、実は人(ニン)
なのである。

談志家元は、自分で言っている通り、実際にはあまり演っていない
のではなかろうか。「ひとり会」を私は追いかけていたが、生では
聞いた記憶がない。アーカイブを観ると、やはり多少のアラは見える。

志ん朝師のものもある。
流石に、うまい。口調として、志ん朝師お得意のあのリズミカルな
口調である。よく演じている。ただ、まあ、これは私自身の好み
ではあるが、もう一つ。(志ん朝師、一度ちゃんと考察をした方が
よいと思うが、この人、上手すぎた、のではなかろうか。
上手すぎて、噺によって、強弱というのか、色があまりないように
思うのである。優等生的というのであろうか。)

小さん師(5代目)のものもあるが、やはりというべきか、獅子舞は
カットしている。テンポも緩い。剣術の先生のところはさすがに
うまいが。

存命の落語家だと、小三治師。音になっているのは、若い頃のものか、
かなりイマイチ。鳶の者が与太郎に聞こえてしまう。

志の輔師のものもある。この人も、やはりというべきか、獅子舞は
飛ばしている。この点では、この噺が本当の意味でできている、
とは言い難い(小さん師(5代目)もそうなると思う。)。ただ、
この人の人物描写、演出は天才的である。無難に1時間ものを仕上げて
いる。

市馬会長のTBSのものがあるようだが、聞けていない。どんなものなのか。
談春師はあるようだが、志らく師は演っていないのではなかろうか。

いずれにしても、ハードルの高い噺である。
だがやはり、獅子舞の部分は、滅んでいくのかもしれぬ。

「三軒長屋」、志ん生師もこんなところでよかろうか。
長い噺ばかり書いてきたが最後に軽いのもちょっとだけ書こう。

私が好きなのは「替り目」。この噺、まさに、師の地、かもしれぬ。

「付き馬」。「ちょぃっと、煙草買ってくるから」というのが、
最高に、うまいし、おかしい。大好きである。

ちょっと長いが「子別れ」。「上」で「お前の下駄は、減っちゃって
駒下駄じゃなくて、コマビタだね。これ以上減るとお前の足が減る」。
「昨日、今日、でき星の紙屑やじゃねえ。先祖代々の紙屑やだ」。
そして「下」の「八百屋!」。これが志ん生のセンスである。

大河「いだてん」では内儀(かみ)さんをもらって、大震災。
地震直後、酒やをまわって、呑みまくっていた。

志ん生師は戦後にならないと、うだつは上がらない。
しばらくは暗い感じなのかもしれぬ。

前にも書いたが、松尾スズキ氏演じる橘家円喬(4代目)の「富久」。
下手な落語もどきはやめてもらいたい。
たけし氏も、やめてほしい。
落語を知っているというのと、落語が喋れるというのはまるっきり
違うことである。

落語のリズムとメロディーができていない人の噺を聞かされているのは、
音痴の唄を聞かされているのと同じ。不快である。

たけし氏は、おそらく知らないはずはない。浅草出身の漫才師で芸人。
落語のリズムはわかっているが、あえて演らないのではなかろうか。
つまり、隣の庭にトウシロウが入ってはいけない、という配慮で
はないか。オイラが落語を演る場合はあくまで余興だ、と。

よくタレント、俳優等が落語の演技、真似を余興、あるいは作品として
することがあるが、あれも然り。あういうものを褒める風潮まであると
思う。褒めてもよく覚えましたね、程度で、ちゃんと言った方がよい。
ヘタなものはヘタ。
私は、習い始めにまず、師匠志らく師から言われた。素人にはわからない
のである。私もそれ以前はまったく気が付いていなかった。
落語のリズムとメロディー。落語は伝統芸能でもある。
そんな甘いものではないのである。
余興ではなく、ドラマやアニメ、映画の作品として作る場合は製作者の
問題。落語の作品を作るのであれば、そのくらい勉強してほしい。
指導をする落語家自身が知らない、可能性もある。(意外に多いと思う。)
わかっているのであれば、ちゃんと言うべきである。
(わかっちゃうと、皆うまくなっちゃって、本職が困る?か。)

閑話休題
次は、八代目桂文楽師。

 

つづく

 

 

断腸亭落語案内 その25「三軒長屋」

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引き続き、志ん生師「三軒長屋」。

真ん中の伊勢勘の親父、お妾さんの家。
鳶頭(かしら)の家と、剣術の先生の家の両脇に迷惑をしている。
伊勢勘の親父は、妾にこの三軒は抵当に取ってあって、もうじき
自分のものになる。そうなれば、三軒を一軒にして住める。

伊「こっちゃぁ、鳶頭だ、こっちゃあ、剣術使いだ。こんなもなぁ
  おっ放り出しちゃって。
  少しの間、辛抱しなよ。
  石の上にも三年ということがあらぁ。
  横丁の占い師を見ろ、どぶ板の上に、七年いらぁ。」

これを妾の家の女中が、井戸端で喋る。
それが鳶頭の姐さんの耳に入った。
それでなくとも、鳶頭が帰らないから、じりじりしてる。
そこへもってきて、これだから、身体が震えてくる。

そして、三日ばかり家をあけた鳶頭が帰ってくる。
ちょいとばかり、入りにくいので、表から小言を言いながら

頭「どうしたんだ、どうしたんだぁ、奴(やっこ)ぉ。
  ごみで一杯(いっぺえ)じゃねえか。
  家の前掃除しとかなきゃいけねえや。
  縁起商売(いんぎしょうべぇ)だぃ。」
姐「いいよ!。そんなとこ、うっちゃっとき!。」
頭「汚えから掃除させんだい。」
姐「いいんだよ!。掃除なんかさせなくて。
  こんな家はどうせ店立(たなだ)て食っちゃうんだ。」

店立というのは、大家から、立ち退きを求められること。

頭「そらーしょうがねえじゃねーか。
  入るとき証文が入ってるんだ。」

以前は「ご入用のときは、いつ何時でも明け渡します」という
一札(いっさつ)取られていたのである。

姐「その店立てじゃないんだよ。」
頭「てやんでぇぃ。二日や三日家開けたって、なにぐずぐずいって
  やんでぃ。」
姐「焼き餅でお前さんになんか言ってんじゃないよ。」

ここまでの話しをする。
そして
姐「そんなこと言われて、お前さん黙ってんのかい!。
  男がすたるよ!」

で、先に書いたような引越し資金を伊勢勘の親父からせしめて、
鳶頭と先生が互いに入れ替わるという結末である。
http://www.dancyotei.com/2019/jun/rakugo22.html

いかがであったろうか。
志ん生師「三軒長屋」。

原話は、中国、明の笑い話集にあるそうである。(「落語の鑑賞201」
延広真治編)「口演速記明治大正落語集成3」(以下「集成」)の
解説には文化4年(1807年)の上演記録に「楠うん平」という名前で
あるという。(同)

本文では触れなかったが、剣術の先生の名前が楠運平橘正国(くすのき
うんぺいたちばなのまさくに)という。
たいしておもしろくないが、弟子の名前が山坂転太(やまさかころんだ)
石野地蔵(いしのじぞう)なんという。
また、鳶頭が楠先生の家へ行って話しをする件(くだり)だったり、先生の
ところの話しがもう少しあるのだが、どうしても鳶頭の家での部分の
おもしろさにはかなわないので、省いた。

ともあれ。
噺としての成立は、文化といっているので、かなり古いといってよいだろう。
ただ、例によって現代の形になったのがいつなのかはわからない。

「集成」に入っているのは、明治27年、四代目橘家円喬のもの。
この人は、志ん生師(5代目)が師として生涯慕った人。

当時、この円喬師(4代目)の「三軒長屋」は絶品であったと、志ん生
(5代目)自身の言。(「落語の鑑賞201」延広真治編)特に、獅子舞の
件の軽快さは志ん生師はさすがのものだが、円喬師(4代目)はもっと
よかったと、志ん生師(5代目)は語っているという。(前出)

前にも少し触れた橘家円喬(4代目)。慶応元年(1865年)~大正元年
(1912年)。円朝直弟子。
品川の円蔵(橘家円蔵)(4代目)文久3年(1864年)~大正11年(1922年)、
柳家小さん(3代目)安政3年(1857年)~昭和5年(1930年)で、同世代。
三遊亭円朝、禽語楼小さんを第一世代とすると、明治第二世代。

円喬(4代目)以外では小さん(3代目)も得意にしていた(「集成」)。
明治38年(1905年)には歌舞伎化もされているよう。(「定本落語三百題」
武藤禎夫)

この明治27年の円喬師(4代目)の速記から志ん生師(5代目)のものは
大筋では変わっていない。てにおはが違う程度といってよいだろう。
膨大に膨らんだ枝葉でできているという構成は、明治27年には既にできて
いたということである。

落語の噺というのは、大きな筋があってそれが磨き上げられて
現代に語り伝えられている。
長い因縁噺が、陰気な部分は削られ、おもしろい部分が残され、
くすぐり(洒落やギャグ)が加えられることが多い。
ここまで見てきたものでも「黄金餅」などは後半部分は演じられなく
なったり、また、後で触れようと思うが「野晒し」などもその例である。

「三軒長屋」はむしろ逆。
メインのストーリーと無関係ではないが、まあ、横道といってよい
獅子舞の件、などが膨らまされ、そこが磨かれている。
そして、聞きどころ、聞かせどころになっている。

文化年間に生まれているとすると、この円喬師(4代目)の速記まで
80年、90年、あるいは100年ほどの期間がある。
この間が、今はまったくわからない。
いつ、この形になったのか。(研究が進んでほしいものである。)

仮説ではあるが、こんなことを考えた。

このシリーズの前に円朝師の研究と速記を読んだ。

例えば「真景累ヶ淵」などでは、メインのストーリーとほぼ
関係のない枝葉のストーリーが多くあるのだが、それもかなり
細かく、演じられている。

まあ、これはあたり前。演じる限りは、その時聞いているお客を
満足させなければいけない。そこだけ切りだしてもちゃんと成立
していなければいけないわけである。

なん時間も、なん日もかけて演じるのでまあ長くてもいいわけである。
いや、むしろ、長い方がよかったのかもしれぬ。
「つづきは明日」で毎日、毎日、長く来てもらえるのが演者にとっても
興行的にも最もよいのであろう。引っ張ると、今でもいうがそんなこと。

そして、この頃の作品の作り方と、その後、明治、あるいは
“近代”的な作品の作り方、考え方というのは根本的に違っていた
のではなかろうか。
メインのストーリーとは関係のない部分も、そういう意味では
整理されずに、まあ、いえば、ダラダラと作られるのがあたり前
であったと考えてもよいのではなかろうか。

歌舞伎、その前の人形浄瑠璃も基本、もともとは作品全体は長い。
段、数多くのパートに分かれており、徐々に人気のパートのみが
上演されるようになっていった。

枝葉を膨らませ、一つの作品を作るという作り方で「三軒長屋」も
作られていった。そして、この噺の場合その枝葉が、例外的に
おもしろかった。それで、そのまま残ってしまった。
そういうことなのではなかろうか。

 

 

つづく

 

 

断腸亭落語案内 その24「三軒長屋」

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引き続き、志ん生師「三軒長屋」。

鳶頭(かしら)のところの若い者(もん)から、妾の女中やら、
伊勢勘の親父もからかわれている。

妾「だって旦那、我慢できやしませんよ。
  隣は剣術の先生でしょ。もうこの頃は、夜稽古まで始まって
  「おめーん。お小手ー。ヤー。」こっちにドシーンとぶつかって、
  こっちじゃ、酔っ払って「さー殺せ!さー殺せ!」ドシーン。
  喧嘩と剣術の間にはさまって、こっちゃぁ、のぼせちゃいますよ。」
伊「我慢してろよー、すこーしはよー。仕方がねえじゃねぇかよー。」

鳶頭の二階

A「おーう。こっちもっと酒ぇ~」
B「野郎同士じゃどうも具合がわるいじゃねえかなー
  女の子を、一つ、引き寄せようじゃねえか。チャカチャン、、
  なんてなことになろうじゃねえか。」
C「おぅ、おぅ、おぅ!。ここぁ、料理やじゃねえよ。鳶頭の二階だよ。
  姐(あね)さんに無理に頼んだんじゃねえか。だめだよ。
  よしねーぇ。」
B「よしねー、って、なぁーんだよ。やに、お前ぇ、俺に逆らいやがんなぁ
  なにいってやがんでぇー。」
C「なんだい!」
B「なんだいとは、なんだー!」
C「手前なんぞ、俺にそんなこといえた義理じぇねーぞ!
  今、大きなツラァしてやががるけど、三年前(めえ)のこと忘れたか!」
B「三年前、どうしたい?」
C「三年前どうしたー?、忘れやがったか、こん畜生め。
  やい!。俺のいうことよく聞け!。

(ここから獅子舞の件(くだり)になる。まさに枝葉の枝葉。
 志ん生師のリズミカルな語り口が、珍しい。珍しいが聞き所である。)

  三年前の暮れの二十八日だ。
  ぴゅー~~~~~っと、北風とともに俺んとこへ、入(へえ)って
  きたのが、手前(てめえ)だ。

  尻切り半纏(ばんてん)一枚ぇで、兄い、あがきがつかねえんだ
  助けてくれって、人を兄いごかしぃしやがった。
  こっちゃぁ、しゃーねえから、まあ、二階にいねぇ。春ンなったら
  儲け口探してやるから。
  
  一夜明けた。
  獅子舞出るんだから、手前太鼓叩けるか、ったら、夜回りの太鼓っきゃ
  叩けねえ、ってやがる。なにを言ってやがんだ、春早々夜回りの太鼓
  なんぞ叩かれてたまるか。そいじゃぁ、ヨスケ(鐘のこと。芸人の符丁)
  持てるかっ、たら、手が冷(つべ)たくっていやだ、って。じゃ、
  どうすんだ、っら獅子が被りてえって。なにを言ってやがんだ、獅子を
  被るのは真打の役だって。でー、俺に被らせてくれってから、被らせて
  やったら、この野郎、なーんだ、そうじゃねえんだ、寒(さぶ)い
  もんだから獅子が被りてえんだ。
  で、俺がヨスケ持って、チャンチキ、チャンチキ、チャンチキよ。
  
  山の手行って、田中の旦那んとこ行って、
  どーも、おめでとうございます、ったら、
  旦那が、あー鳶頭かい、やっとくれ!
  あい、よう、頼むぜ。

  チャーン、チャーン、チャンチキチ。
  チャンチャンチキチ、チャンチキチ。

  この野郎、グルグルグルっとまわって、
  これ、ご祝儀だよって、二分下すった。
  だから俺、威勢付けるために、おぅ、旦那がご祝儀二分下すったよ、
  ったら、この野郎、二分ってこと聞きやがって、面食らいやがって、
  二分かー、ってグルグルって回りやがって、
  玄関に坊ちゃんが機嫌よく遊(あす)んでる坊ちゃんの額んとこに
  獅子の鼻っツラをコツーんとぶつけやがった。
  坊ちゃんがワーっと泣いちゃった。

  ショーガネーから俺ぁ、坊ちゃん、勘弁してください。獅子が
  道化たんでございますから、って頭ぁなぜているとってぇと、あろう
  ことか、あるめいことか、この野郎、獅子の口から大きな拳骨(げんこ)
  出しゃぁがって、このガキぁ喧(やかま)しいって坊ちゃん
  殴りゃがった。
  俺ぁ、見ちゃいられねえから、この野郎踏み倒して、二つ三つ
  ひっぱたいて旦那に詫びをして、

  どうも山の手は付き合いがわるいから、一つ、下町ぃ行こうじゃねえか
  ってえと、ずーーっと九段坂、チャンチキ、チャンチキ、チャンチキ
  チャンチキ、くるってぇと、
  子供がワーっとくっついてくる。獅子の鼻から煙(けぶ)が出る、煙が
  出るって、俺がヒョイッと見ると、獅子の鼻から煙がでてやがんの。
  どうしたんだろうってヒョイッとまくるってえと、中で焼き芋食って
  やがんの、こん畜生は。下がってやがんでぇ。

  そいでシバサキの親方んとこ行って、親方!おめでとうございますって、
  こういったら、おう!、やっとくれよ!、へい!よろしゅうございます
  って。おう、兄弟(きょうでえ)頼むよ!。おう!。

  チャン、スチャチャン、チャンチキ、チャンチキ、、、
  
  この野郎、獅子を被りやがってよろけながら、ぐるぐる回ってやがる。
  祝儀だよ、って一両くれた。
  さっき、二分で面喰いやがったから、一両ってこというのよそうと
  思うけど、こっちがいくらかギッテルと思われんのも具合がわるいから
  おう!、ご祝儀一両だぜ!、っていうと、
  そーかい!、っていーやがって、どっかいなくなっちまった。
  獅子はどうしたい、ってえと、獅子は穴倉、落っこった、っていいやがる。
  野郎はとにかく、獅子は借りもんだ、さーたいへんだ、って引きずり
  上げたら、獅子の鼻ずら欠いちまぃやがって、その割前(わりめぇ)も
  まだよこしゃがらねえー。

  三軒長屋の上(じょ)でございます。

ここで切って、休み。時間的にもほぼ半分。
志ん生師は全体で45分、ここまでで22分。)

穴倉というのは、昔、大きな商家などにあった、地下室。

この獅子舞のところ、文字に起こしてしまうと、志ん生師のリズムと
メロディーは伝わらない、か。
笑いもあって、志ん生師、愉しそうに演じているのが伝わってくる。

書いている通り、ここは全体のストーリーとはほぼ関係ない。
最も関係がないパートといってもよいだろう。

明治の速記にもちゃんとこの部分はあって、ほぼ変わっていない。

まあ、とにかく喧嘩の仲直りから、また喧嘩になる。

下へ降りてきて、出刃包丁を持って二階に上がろうとするところに
お湯に行っていた、姐さんが止める。
振り切って、二階に上がって、突く、よける、壁に出刃包丁が
刺さる。

隣の伊勢勘の親父、妾の壁に、ぶすー。
伊「あー、驚いたよー、こりゃぁ」
妾「どうですー」
伊「いけないね、こりゃぁ」

一方、反対隣、剣術の先生の家、兼道場。

ヤアー、トウ、タッ、タッ、タッ、タッ、タッ。
ドズン、バタン、ドシン。壁にあたる。

伊「あ~~、たまらねぇ。
  御神酒徳利が落こってきた。しょーがねーなぁ、こりゃ」
妾「だから旦那、言わないこっちゃないじゃないじゃありませんか。
  ここを越してくださいよ。」
伊「待ちなよ。な。越すてーことは、かまわないけど、そいじゃぁ
  こっちが負になっちゃうじゃないか。
  まあ待ちな。
  この三軒の長屋は、これは俺が脇から家質(かじち)に取って
  あってな、もうじき抵当流れになんだ。そうすりゃ、三軒を一軒に
  して住めるんだ。」

 

つづく

 

 

断腸亭落語案内 その23「三軒長屋」

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引き続き、志ん生師「三軒長屋」。

ストーリーはわずかなもので10分程度で終わるであろうものを
1時間にも膨らませている。
その枝葉のディテールを追っている。

喧嘩の仲直りに鳶頭の家の二階を姐(あね)さんに借りる。
皆が呼び込まれる。

A「姐さん、こんちはー」
姐「おや、松っぁんかい」
B「えー、こんちはー」
姐「おや、こうさんかい」
C「こんちは」
姐「あ、こんちは」

・・・(中略)・・

姐「大勢きたんだねー!。まー。なんだい?」
男「さーあがった、あがった、あがった。
  そこへ、ぶる下がっちゃいけねえ。」

二階へ上がろうとする若い者へ

男「おう!、おう!、手前(てめえ)なんだい!。」
若「えー、わたくしはねえ、、」
男「わたくしだぁ~?この野郎、カタクチみてえなツラしやがって。
  なんだい!?」
若「二階に上がって、皆さんと、、」
男「皆さんと仲直りすんで、二階(ニケエ)で一杯(いっぺい)呑もう
  ってのか。
  なぁ~~~にを、いいやがんでぇ。うぬなんぞ、二階で酒呑むガラか。
  縁の下で飯でも食らってろ。馬鹿野郎め。
  二階は役付きばかりだ。降りてろぃ。降りねえか!?蹴落とすぞ!。」
姐「まただね。お前は。それがいけないって、いってんだろ。
  ふん!、しょうがないね。
  おい、おい、兄ぃ。
  お前だって、二階上がったってしょうがねえよ。
  下にいて少し、用しとくれ。」
若「へー、どうもすいません。
  うっかり上がろうとしたら、怒鳴りつけられちゃったんで。」

姐「おーい!。
  なんかきたよ。
  魚やさんかい?
  誂えてきたの?刺身かい?

  あー、酒やさん?。酒持ってきたの?。
  みんな誂えてきたんだね、、

え?、炭なんぞいいんだぁね、ウチのを使やぁ。

  おー、奴(やっこ)、七輪のなかへ火種入れてね、
  その人に、熾(おこ)してもらいな。
  んで、お前は徳利やなんかの用意してな。」

(奴というのは、鳶頭の家にいる雑用をする若者。)

若「へい。
  おー、火種入れたか?よし。俺が心得た。

  へい。
  どーも、姐さん。
  お騒がせ申してすみません。

  鳶頭は?え?、お留守。
  お宅の鳶頭はいい鳶頭ですねー。
  あっしみてえな、こんな三下(さんした)ぁ捕まえても、表で会う
  ってえと「おう、兄ぃ儲かるけぇ?」なんて言われるとね。貫禄が
  あってそういわれるんだから、こっちゃぁ頭ぁ下がっちゃうよ。
  二階の奴ら、威張(えば)る一方なんだから。」

すると、表を、飛び切りいい女が通り、隣へ入っていく。
若い者は目の色を変えて、見る。
姐さんに聞くと、お妾さんで表の質屋[伊勢勘]の親父の持ち物だ、と。

若「え~~~?あんなの?あの爺(じじい)!。あんな若い?!
  いい年しやがって。
  こちとら、若くって、一人でいて。
  歯なんぞありゃねえじゃねえか。」
姐「歯がなくてもいいじゃねえか。歯がなくたって、銭があらぁ。
  お前、銭がねえじゃねえか。」
若「銭は、ねえや。なー。
  やっぱり銭だね。」
姐「そうだよ。なにごとも金の世の中。
  旦那、あれ買って下さい、これ買って下さい。あいよ、あいよ、
  という目が出りゃぁ、言うことも聞かぁな。」

姐さんは、ここで湯へ行く。

若「奴ぉ。姐さんの下足(げそ)出して。

  はい。留守は引き受けました。ゆっくり行ってらっしゃい。

  姐さんもいい女だけど、ちょいっと、もう、とうがたっているなぁ~
  さっきの女ぁ、いい女だったねー。もういっぺん出てこねえかなぁ。
  あすこんち、行ってみりゃ、出てくるかしら。
  「ちょいと、お尋ねします。隣の鳶頭んところはどちらでしょうか?」

  二階の奴らぁ、見られやしねえ。

  ん!?出てきた。

  なんだいありゃ!。

  おーう、二階のぉ~!下ぁ見てみな、へんなものが通るから!」
 「なんだ、なんだ」
 「なんだへんなものって」
 「あ、あれだ、あれだ」
若「あー、たいへんな女が通りゃがんなー
  なーんだ、駆け出しゃがった。
  太ってやがんなー。
  駆け出すより、転がった方が速えぞ!、オメエは。

  やい!
  こっちみて、泣いてやがる」
 「化け物ぉ~~~~」

妾「どうしたの?
  なんで泣くんですよ。

  隣の若い人が、お前のこと化け物だって、言ったってぇ?。

  だからわたしが、そ、いってるでしょ。
  今日は若い人がたいへん寄ってっから、表、出ちゃいけないって
  言ってるのに。お前さんが勝手に出てそんなこと言われてきて。
  あたしゃ知りゃぁしないよ。

  泣いてちゃいけませんよ。旦那がおいでなすったよ。」

伊「はい、こんちは。
  あー、なんだい?。」
妾「いーえ。これが表へ出て、隣の若い人にね、化け物、化け物って
  いわれてね、悔しくって泣いてるんですよ。」
伊「そーか。うっちゃっとけ、うっちゃっとけ。
  どうせあんなやつらだ。
  俺が今、この裏通ってくるとな、「ヤカンが通る、ヤカンが通る」って
  いいやがんだ。俺、ヘンだと思って、上ぇ見たら、俺の頭指差しゃがって、
  ゲラゲラ笑って。
  癪に触ったけど、なんたって相手が相手だからな。仕方がねえから
  ま、我慢をしてるんだ。」

 

つづく

 

 

断腸亭落語案内 その22「三軒長屋」

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引き続き、志ん生師「三軒長屋」。

鳶頭(かしら)の家と先生の家は伊勢勘の抵当になっており、
もうじき、抵当流れになり伊勢勘のものになる。どぶさらいの
鳶頭とへっぽこ剣術の先生は追い出して三軒を一緒にして住む、と。

それをお妾さんの女中がそこここで喋り、鳶頭の内儀(かみ)さんの
耳に入ってきた。
姐御(あねご)は烈火のごとく腹を立てる。
そこへ数日家をあけていた鳶頭が帰ってくる。
「お前さん、そんなことをいわれて、男がすたるよ」と。

聞いた鳶頭は、羽織を着て出るが、伊勢勘の親父のところではなく、
剣術の先生の家に。先生に、今、隣の伊勢勘の親父が、こんなことを
言っている。腹が立つじゃありませんか、と。
なに!へっぽこ剣術使い!、と先生も怒る。
そこで、鳶頭は先生に、こんなことを考えたと、策を話す。

先生は真ん中の伊勢勘の親父のところへ行く。
門弟も増えたので、広いところに転宅を考えている。
しかし、金がない。そこで千本試合というものをしようと思う。
これは、数多くの剣客を集め、立ち合いをする。この時に、皆、
なにがしかのものを持てくるのでこれを集め転宅の費用にしようと。
ただ、この試合は、中には真剣で立合う者も出てくる。
切られて逃げてくる者もある。危ないので三日間の間、
戸締りをして、外へ出ないでもらいたい、と。

これを聞いた伊勢勘の親父は、そんな危ないことは
やめてもらえないか。失礼ではございますが、お引越しの
費用を出させてほしい。そうすれば、そんな危ないことを
しなくともよいのでしょう?と。
先生は、返すあてはないが、、。いや、そんなことは結構、
是非使ってくれ、というので、先生は50両もらい、明朝
すぐに引越す、といって、帰る。

次に、今度は鳶頭がくる。鳶頭は、仕事の都合で引越しを
しなくてはならなくなったのだが、金がない。それで、江戸中の
仲間を集めて、花会(はなかい、博打の会)をしようという
ことになった。面倒くさいので、酒を樽ごと置いて、まぐろを
一本置いて、そこに出刃包丁やら、刺身包丁だの置いて、勝手に
呑んで食わせようと考えている。
酒が入ると、お約束で暴れる奴も出てくる。三日間、戸締りを
して外へ出ないようにしてほしいと。
伊勢勘の親父は、なんだ鳶頭、そんな危ないことはやめとくれ。
なんで、旦那、引越し代がないから出してくれ、とこないんだ。
いくらいるんだ、と50両やる。

明日の朝、早く引越すといって、帰ろうとする鳶頭に、
伊「あ、鳶頭、先生も引越すって、言ってたが、お前はどこに
  引越すんだ?」
頭「あっしが先生のところに引越して、先生があっしのところに、
  引越すんですよ。」

これで下げ。

会話は筋に関係ある部分のエッセンスを抜き出し、全体の筋だけを
書いてみた。

実際に、お話はこれだけ。これを喋ると、10分もかからないで
終わるのではなかろうか。
しかし、この噺、上下に分けて、全部で1時間程度かかるのである。

つまり10分でできる噺を1時間に延ばしているといってもよい。
これはいったいどういうことなのか。

かなりへんな噺といってよい。
筋10分で、これを大幅に膨らませて、噺ができているのである。

今書いた部分だけを喋って一席の噺として成立するのか。

おさらく成立するのであろう。
まあ長めの小噺くらいのものにはなろうが。

結局、ストーリー、さらにストーリーに付随する枝葉を落語らしく
会話で演じて膨らんでいるのである。

どこが膨らまされているのかというと、いくつかに分けられるが、
順を追って書いてみよう。

まずは鳶頭が留守の鳶頭の家。鳶頭の内儀さん(姐御)のところに、
配下の者が、喧嘩の仲直りの会をしたいのだが、二階を貸してくれ、
と頼みにくる。

さらにこの中もさらに分かれるのだが、頼みにくると、まずなぜ喧嘩に
なったのか、喧嘩の場面が再現される。

喧嘩をしていたのは、ガリガリ宗二(ソウジ)とヘコ半。
内容は他愛もないもの。

二人で湯やに行って、湯に入っていた。
唄を唸っているガリガリ宗二の鼻先で、ヘコ半は屁をこく。
謝ればいいのに、屁は俺のもんだ、返せ、などといって、喧嘩になる。
まるで馬鹿馬鹿しいが、おもしろい。
洗い場で取っ組み合い。

湯やのお内儀さんが、姐御のところに頼みにきた者(名前は出てこない)に、
お仲間がウチで喧嘩を始めて手が付けられないので、分けてくれ、と。
他の仲間を連れて、湯やへ行って分ける。

分けたが、またぶり返さぬよう、皆で一杯やって納めようということに
なった。
それで、頼みにきたのである。姐さんはそういうことなら貸すよ、と。

姐「いつやるんだい?
  明日かい?」
男「いや、明日じゃないんで。」
姐「明後日かい?
  早くおやりよ、こういうことは。」
男「いや、
  今なんで。」
姐「早すぎんねえ、今だなんて。」
男「だって大勢表で待ってるもん」
姐「なんだい、連れてきたのかい?
  人が貸すとも、貸さないとも言わないうちに。
  しょうがないねぇ。貸すよー。
  貸すけどもねー、お前たちは寄るとさわると、言葉が荒くっていけないよ。
  この野郎だの、こん畜生だの、叩っ殺すぞ、なんていけないってんだよ。
  うちはいいけど他のおとなしい人(隣のお妾さん)がいらぁな。
  いけないよ。乱暴な口をきくんなら、貸さないよ。」
男「いや、だいじょぶです、乱暴な口はきかせません。
  乱暴な口きいたら、その野郎、俺ぁ、叩っくじいてやる。」
姐「それが乱暴だ、ってんだよ。」

このあたりのやり取り、実に小気味よいし、おもしろい。
男勝りの姐御の口調も、気持ちがよい。

姐「みんなおいでな!」と呼び込む。
男「おーう。こっちへえんな!
  姐さんがなかなか貸さねえんだぞ。手前(てめえ)達ゃ寄るとさわると
  この野郎だの、こん畜生だのいうからよ。そんなこといっちゃいけねえ
  ってんだ。ほんとに、静かにしろい。静かにしねえと承知しねえから。」
姐「うるさいねえ。」
男「うるせえなぁ。」
姐「お前がうるさいんだよ。」
男「俺だぁー。
  すいません。」
姐「なにいってんだ。」

 

つづく

 

 

 

断腸亭落語案内 その21「らくだ」~「三軒長屋」

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引き続き、志ん生師「らくだ」。

父、祖父は火葬場のことを焼き場といっていた。私は落語以外でも他に
聞いたことはない。東京・江戸で火屋(ひや)と言っていたのかどうかは
確かめ切れていない。

松鶴師など上方の落語家の録音には説明なしに火屋といっていたので、
関西では最近まで(?)使われていた?。そして上方種の噺だからか、
とも思っていたのだが、、。
ただ、どちらにしても、火屋は古い言い方であることは間違いない
ようである。

ともあれ、いかがであったろうか「らくだ」。

前に書いたが、明治終わり頃、京都の桂文吾(4代目)から東京の
柳家小さん(3代目)に伝えられたという。

上方では亡くなった笑福亭松鶴師(6代目)が看板にしており「らくだ」と
いえば松鶴といってよいと聞いていた。音も残っている。桂米朝師(3代目)、
桂文珍師の音もあるので聞いてみた。

聞いてみると、松鶴師から、米朝師、文珍師と段々にマイルドに
なっているのがわかる。
松鶴師では、かなり恐い。上方は丁の目の半次ではなく、やたけたの
熊五郎といっているが、松鶴師では本物であるが、文珍師になると熊五郎
いたってマイルドになり、全体として笑いが増している。
現代において大阪で演ずるとするとこうなる、ということなのかも
しれない。

東京でいえば、志ん生師の丁の目の半次はやはり恐い。
談志師も同様。円生師は少しマイルド。小さん師(5代目)は随分と
マイルド。小さん師は人(ニン)ということもあるのだろうが、これは
作品の理解、演出ということのようにも思う。

名作?、、、いや、問題作であることは間違いない。
殺人こそないが、らくだも、丁の目の半次は紛れもない「悪党」。

前に「悪党の世紀」との関係で触れたのだが、 幕末のような世の中、
皆「悪党」であった時代ということではなく、いつの時代どこにでもいる
ゴロツキという理解が正しかろう。

志ん生師、談志師を聞いていると江戸~東京の落語に流れていると
私が考える、幕末からの「悪党の文脈」に響いて定着したということ
ではないかと思うのである。

作品理解からすると、松鶴志ん生、談志のように恐い、文字通り
酷い奴として描くのが正解なのではなかろうか。特に、談志師の、
酔ってからの屑やの演出はまさに人間というものに迫っている。
作品性は高い。上方から東京に「らくだ」がきてたどり着いた姿と
いってよいと思う。

ここまで酷い奴は、円朝作品を除いて、江戸落語には登場しない
のではなかろうか。またこの噺、ノーマルな勧善懲悪でもない。
らくだは、死んだので仏。だから許しがたいが許す、という処理の
され方をしている。

また「黄金餅」もそうだが、行われる遺体損壊。
(ついでだが、火葬場が舞台になるのも二席に共通している。)
もちろん、それを笑いにしているのだが、遺体損壊を笑いにする
こと自体が日本人の伝統的倫理観ではあり得なかろう。
遺体損壊は落語ではこの二席しかないのではなかろうか。
円朝作品にもさすがに登場しないと思われる。

上方種には多いのか。上方落語を体系的に知っているわけでは
ないので、断定的なことはいえないのだが、そんなことも
ないではなかろうか。

前に、この噺は歌舞伎になっていると書いた。
こんな酷い、恐い、また、グロイ噺が歌舞伎とは、とも
思うのだが、米朝師から文珍師のマイルドな「らくだ」を
聞いてみて、なんとなくわかったような気がしたのである。

松鶴志ん生、談志のラインはリアルを追求し人間を描く。

一方、米朝から文珍などのライン(小さん(5代目)もここに入ろう。)
熊五郎(半次)をマイルドにすることによって、フィクション、
虚構世界にし、笑いを増大させた。
芝居にした場合もこれではなかったのか。
歌舞伎は映像のアーカイブを観ることができるのだが、
コミカルな演出で、やはりこういう理解でよさそうである。

つまり、二方向に発展してきた噺ということができると考える。
志ん生から談志に至った「悪党」系の人間を深掘りした「らくだ」。
また、フィクション化しエンターテインメント性をあげた
米朝師~文珍師などの大阪系の「らくだ」どちらもあり。

やはりこの噺、ちょっと稀有な例といってよいだろう。
継子(ままこ)かもしれぬが、落語としては重要な噺である。

さて「らくだ」はこんなところでよいか。

志ん生師、もう一つ。
あまりいわれないが私の好きな噺「三軒長屋」。

時代設定は一応、武士が出てくるので江戸末といったところか。

三軒続きの長屋。
ただ、これは落語によく登場する九尺二間といった狭小な長屋ではなく、
二階もある少し大きなもの。

手前から、鳶頭(かしら)、真ん中がお妾(めかけ)さん、
その向こうが剣術の先生の住まい兼道場の三軒。
この三軒が壁一枚で隣り合っている。

鳶頭は、いわゆる火消し、仕事衆(し)の頭という言い方もされる。
気の荒い配下の者達もたくさん出入りする。
内儀さんは、鉄火(てっか)で、姐御(あねご)などと呼ばれる。

鉄火というのは、例えば鉄火場というと、博打場のこと。
辞書を引くと「気性が激しく、さっぱりしていること。威勢がよくて、
勇ましいこと。また、そのさま。多く、女性についていう」。(大辞泉
鉄火巻は博打場などで簡単に食べられる巻き寿司として考えられたとも
いわれている。(まぐろの赤い色からともいう。)

剣術の道場は、こちらももちろん、荒々しく、色気もなにもない。

お妾さんは旦那がきた時だけ笑い声がちょっとあるぐらいで
いたって静か。

まずこれが初期設定。

鳶頭は寄合から女郎買いで数日家をあけている。
配下の者が集まり、一杯呑んで、喧嘩の仲直りのための会をやる。
しかし酒が入ると、お決まり。また喧嘩が始まり、出刃包丁を
持ち出し、殺ろす、殺せの大立ち回り。

剣術の先生の方は、夜稽古も始まり、ヤー、トー、ドタンバタン。

間に挟まれて、真ん中のお妾さんは血のぼせがするとか、
気のぼせがするとかで、旦那に訴える。
旦那は[伊勢勘]という質屋。
訴えを聞いた旦那は「実はな、この長屋は家質(かじち)に
取ってある」という。
土地なのか家なのか[伊勢勘]で抵当に取ってあり、それが
もうじき抵当流れになる。それで、もう少し待て。
流れれば、どぶさらいの鳶頭とへっぽこ剣術の先生なんぞは
ちょいと金をやって追い出し、三軒を一緒にして、住めばよい、と。

 

つづく